「フランツ・ドップラー」の版間の差分

編集の要約なし
{{Infobox Musician <!--プロジェクト:音楽家を参照-->
| Name = フランツ・ドップラー<br />Franz Doppler
| Img = Franz und Karl Doppler.jpg
| Img_capt = ドップラー兄弟:フランツ(左)カール(右)
'''アルベルト・フランツ・ドップラー'''({{lang-de-short|Albert Franz Doppler}}, {{lang-hu|Doppler Albert Ferenc}}, [[1821年]][[10月16日]] [[オーストリア帝国]]領[[ガリツィア]]・[[リヴィウ|ルヴフ]] - [[1883年]][[7月27日]] [[バーデン・バイ・ウィーン]])は、[[フルート]]曲で有名な[[ハンガリー人]]の[[作曲家]]。生前は、むしろ[[オペラ]]や[[バレエ]]などの舞台音楽の作曲家として評価が高かった。また、[[フランツ・リスト|リスト・フェレンツ]]の『[[ハンガリー狂詩曲]]』のいくつかを編曲したことでも知られている。
 
==経歴==
1821年、 [[オーストリア帝国]]領[[ガリツィア]]・[[リヴィウ|ルヴフ]]生まれ。[[1828年]]から[[1831年]]まで、[[オーボエ]]奏者であった父親からフルートの指導を受ける。18歳で[[ブダペスト歌劇場]]の首席フルート奏者に就任する。その後は[[ウィーン国立歌劇場|ウィーン宮廷歌劇場]]の首席フルート奏者から首席指揮者の地位へと昇り詰め、[[1864年]]から[[1867年]]まで[[ウィーン音楽院]]のフルート科の教授も務めた。
 
オペラやいくつかのフルート協奏曲のほか、超絶技巧を要する華麗なフルート小品を残している。フルート二重奏曲やフルート二重奏のための協奏曲といった作品は、フルートのヴィルトゥオーソ兄弟としてヨーロッパ中を席巻した、弟[[カール・ドップラー]]<small>(ドップレル・カーロイ)</small>との共演のために作曲されている。日本では、東洋的な曲想をもつ『[[ハンガリー田園幻想曲]]』作品26が人気が高い。
* 『エルジェーベト』(''Erzsébet'') オペラ(序曲と第1幕のみ。第2幕は[[エルケル・フェレンツ]]、第3幕は[[カール・ドップラー]]による)、1857年
* 『ユディト』(''Judith'')オペラ、1870年
 
== 脚注 ==
<references />
 
{{classic-stub}}
匿名利用者