「ナヴァッサ島」の版間の差分

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ナヴァッサはその後1914年の[[パナマ運河]]完成により再び脚光を浴びる。アメリカ東海岸からパナマ運河への航路はキューバとハイチの間を[[ウィンドワード海峡]]を通過するため、ナヴァッサは航路上障壁となり[[灯台]]が必要となった。1917年にアメリカ合衆国灯台運営所は海抜120m、46m高のナヴァッサ島灯台を建設。1929年に自動灯台となるまで灯台守1人とアシスタント2人が常駐した。灯台運営所が[[アメリカ沿岸警備隊]]に吸収された1939年以降は年2回維持作業を行った。[[第2次世界大戦]]中は[[アメリカ海軍]]は観測所を設置。その後は[[無人島]]となっていた。
 
第二次大戦後は[[アマチュア無線]]愛好家が時々、この島に{{ill2|[[アメリカ・アマチュア無線中継連盟|en|American Radio Relay League}}]](ARRL)によって与えられた[[コールサイン]]でのDX運用のため訪れている。コールサインのプレフィクスは「KP1<ref name=arrl>{{cite web|author= Joe Phillips |title= 'Ohio DXers Denied Descheo Island (KP5) Landing Permit'|date=November 2, 2005|accessdate= November 17, 2012|publisher= The ARRL Letter Vol 24 No 06 |url=http://www.arrl.org/arrlletter?issue=2005-02-11}}</ref> 」。2015年には「K1N」が指定され、2月に交信を行った。
 
現在、島周辺の海域はハイチ人の漁場となっている。またハイチ人が、島にいる[[ヤギ]]の狩猟も行っている。