「上飯田駅」の版間の差分

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|画像 = Meitetsu Kamiiida Building 20130917.JPG
|pxl =
|画像説明 = 名鉄上飯田ビル{{maplink2|frame=yes|plain=yes|type=point|zoom=12|frame-align=center|frame-width=250}}
|よみがな = かみいいだ
|ローマ字 = KAMI IIDA
|電報略号 =
|所属事業者= [[名古屋鉄道]](名鉄)<br />[[名古屋市交通局]]<small>([[名古屋市営地下鉄]])</small>
|所在地 = [[名古屋市]][[北区 (名古屋市)|北区]][[上飯田 (名古屋市)|上飯田通]]一丁目15<br />{{Location map|Japan Aichi#Nagoya|caption=}}
|座標 = {{ウィキ座標2段度分秒|35|12|13|N|136|55|46.7|E|region:JP-23_type:railwaystation|display=inline,title}}
|開業年月日= [[1931年]]([[昭和]]6年)[[2月11日]]
 
== 歴史 ==
[[1971年]]([[昭和]]46年)[[名古屋市電|市電]]廃止後、名古屋の都心部へ向かうにはここから[[名古屋バス|市バス]]に乗り換えるか、1km1キロメートル南方にある[[平安通駅]]まで徒歩で乗り換える必要があった。当駅から平安通駅まで、朝夕の通勤[[ラッシュ時]]には多くの人が歩いていた。名鉄パレ(現・Mikawaya)やダイエー(現・イオン)などが営業している。地上駅時代は終端部の先に「名鉄上飯田ビル」(3階から上が公団住宅(上飯田第1公団)で、地下1階から地上2階は名鉄の区分所有する地下1階、地上10階建ての建物、土地はすべて名鉄の所有。)という[[駅ビル]]があり<ref name="Meitetsu1994_p462">{{Cite booksfn|和書|author=名古屋鉄道広報宣伝部(編)|year=1994|title=名古屋鉄道百年史|publisher=名古屋鉄道|pagep=462}}</ref>、これは地下駅移転後も現存する。また、旧上飯田駅の2階へはシャッターが閉められており、現在立ち入る事は出来ない。
 
=== 年表 ===
* [[1931年]]([[昭和]]6年)[[2月11日]] - 名岐鉄道上飯田駅開業。
* [[1944年]](昭和19年)[[7月11日]] - [[名古屋市電御成通線]]が駅前に乗り入れ。
* [[1964年]](昭和39年)[[3月10日]] - 駅ビル建設工事に伴い仮駅舎供用開始。営業キロを0.1km短縮<ref>{{Cite booksfn|和書|author=名古屋鉄道広報宣伝部(編)|year=1994|title=名古屋鉄道百年史|publisher=名古屋鉄道|pagep=1012}}</ref>
* [[1965年]](昭和40年)[[12月20日]] - 駅ビル(名鉄上飯田ビル)が開業し<ref>{{Cite booksfn|和書|author=名古屋鉄道広報宣伝部(編)|year=1994|title=名古屋鉄道百年史|publisher=名古屋鉄道|pagep=1016}}</ref>、同ビル内に名鉄ストアー(後の[[パレマルシェ]])上飯田店開業<ref name{{sfn|名古屋鉄道広報宣伝部|1994|p="Meitetsu1994_p462" />462}}。同時期に駅ビル3階から上の公団住宅の募集開始。
* [[1971年]](昭和46年)[[2月1日]] - 市電廃止。
* [[1987年]](昭和62年)5月 - 自動改札機設置<ref>{{Cite booksfn|和書|author=名古屋鉄道広報宣伝部(編)|year=1994|title=名古屋鉄道百年史|publisher=名古屋鉄道|pagep=570}}</ref>
* [[1991年]](平成3年)[[3月22日]] - 発着線を1線増設しホーム1面2線となる<ref>{{Cite booksfn|和書|author=名古屋鉄道広報宣伝部(編)|year=1994|title=名古屋鉄道百年史|publisher=名古屋鉄道|pagep=1074}}</ref>
* [[2003年]]([[平成]]15年)[[3月27日]] - 頭端式(島式)高架ホーム1面2線から地下ホームへ移転。[[トランパス (交通プリペイドカード)|トランパス]]に対応化。名鉄小牧線と地下鉄上飯田線の相互直通運転を開始。
* [[2007年]](平成19年)[[3月31日]] - 翌[[4月1日]]から地下鉄上飯田線の運転業務を名鉄へ委託するのに伴い、この駅での[[動力車操縦者|運転士]]交代を中止。
 
== 駅構造 ==
[[上飯田連絡線]]株式会社が施設を所有している。名鉄と名古屋市交通局の[[共同使用駅]]で駅自体は名鉄が管轄しており、[[駅名標]]は名鉄と地下鉄の仕様が混在している<ref group="注釈">{{efn|ただし、厳密には地下鉄の仕様と異なり当駅のものは、英語表記が全て大文字である(地下鉄の駅のものは、頭文字のみ大文字で残りは小文字)。</ref>}}。駅構内の案内サイン類やホームの自動アナウンスは名鉄仕様である。
 
[[島式ホーム]]1面2線を有する[[地下駅]]で、[[ホームドア|可動式ホーム柵]]が設置されている。ホームは6両まで対応している。上飯田線は開業時点では名城線としか交差していないが、名城線より造られた時期がかなり遅いため当駅のホームは地上から約21mの深さにあり、かなり深い位置にある。
『名鉄120年:近20年のあゆみ』によると[[2013年]]度当時の1日平均乗降人員は3,578人であり、この値は名鉄全駅(275駅)中119位、小牧線(14駅)中7位であった<ref name="Meitetsu2014_p160">{{Cite book|和書|author=名鉄120年史編纂委員会事務局(編)|year=2014|title=名鉄120年:近20年のあゆみ|publisher=名古屋鉄道|pages=160-162}}</ref>。
 
『名古屋鉄道百年史』によると[[1992年]]度当時の1日平均乗降人員は15,108人であり、この値は岐阜市内線均一運賃区間内各駅(岐阜市内線・田神線・美濃町線徹明町駅 - 琴塚駅間)を除く名鉄全駅(342駅)中26位、小牧線(14駅)中2位であった<ref>{{Cite booksfn|和書|author=名古屋鉄道広報宣伝部(編)|year=1994|title=名古屋鉄道百年史|publisher=名古屋鉄道|pagespp=651-653}}</ref>
 
『名鉄 1983』によると、[[1981年]]度当時の一日平均乗降人員は14,618人であり、この値は名鉄全駅中24位であった<ref>{{Cite book|和書|author=名古屋鉄道(編集)|year=1983|title=名鉄 1983|publisher=名古屋鉄道|page=36}}</ref>。
== 脚注 ==
=== 注釈 ===
{{notelist}}
<references group="注釈" />
 
=== 出典 ===
{{reflist}}
<references/>
 
== 参考文献 ==
* {{Cite book|和書|editor=名古屋鉄道広報宣伝部|title=名古屋鉄道百年史|publisher=名古屋鉄道|year=1994|language=ja|id={{全国書誌番号|95002573}}|ref=harv}}
 
== 関連項目 ==