「前田蓮山」の版間の差分

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床次竹次郎→床次竹二郎
m (床次竹次郎→床次竹二郎)
 
=== 戦後の活動 ===
70歳を超えた蓮山は帰京後「[[星亨]]伝」に取り組み昭和22年(1947年)10月に完成。政党3部作「星亨伝」「原敬伝」「床次竹郎伝」の完成を以て政党誕生期、発展期、衰退期の歴史と人物を描いた。昭和25年(1950年)から昭和26年(1951年)にかけて「原敬日記」が公開された。蓮山は日記を読み込み、今まで分からなかったこと、誤解していたことなど新たな事実を発見した。そこで昭和33年(1958年)[[時事通信社]]が「日本宰相列伝」「原敬」を執筆した。蓮山83歳になっていた。
 
戦後、後輩の[[山浦貫一]]、[[野村秀雄]]などの尽力で月刊「選挙」という雑誌に、昭和29年(1954年)から「歴代総理大臣」[[伊藤博文]]から第24代加藤高明までを連載し、「歴代内閣物語上、下巻」として時事通信社が昭和36年(1961年)2月出版。続いて「自由民権時代」は、昭和28年(1953年)東京音羽の[[鳩山一郎]]邸で自由党幹部が集まったおり、日本には一貫した政党史が無い。前田蓮山に執筆を依頼してはどうか。ということがきっかけで書き始めた、時事通信社の勧めで公刊の運びとなった<ref>「自由民権時代」序文</ref>。563ページの大作であり、これが絶筆となった。9月12日に87歳の生涯をとじた。