「決闘」の版間の差分

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===決闘裁判===
{{See also|神明裁判}}
決闘は[[ゲルマン人|ゲルマン民族]]の伝統が由来と考えられている。恐らく、[[6世紀]]には制度として決闘は存在した。[[ゴート族]]は決闘を行わなかったと考えられている。[[イングランド]]には最初期には決闘はなく、[[ウィリアム1世 (イングランド王)|ウィリアム1世]]によってもたらされた<ref>{{Cite book|和書|author=[[フレデリック・メイトランド|F・W・メイトランド]]|year=1981|title=イングランド憲法史|publisher=創文社|pages=P.13}}</ref>。
 
当初、決闘は、正式な裁判手続き(trial by battele)の1つであった。犯罪を犯した者が明らかであるにもかかわらず、証拠が十分でないために相手が無罪になったとき、あるいはなると考えられるときに、被害者が決闘を申し込んだ。主に、証拠のない殺人など重犯罪について決闘が行われた。土地の所有権などの争いにも利用することができた。これを決闘裁判と呼ぶ。訴追する者が決闘によれない(重傷者・老人・女性)場合は神判となり、失敗は死か四肢切断を意味した。決闘の場合、決闘責任者は裁判官であった。重犯罪の共犯者が自白し告発人となった場合、自白し告発した共犯者を相手にその嫌疑を決闘で証明することに成功すれば、彼は死を免れ公民権を失い退国宣誓をすることにより命をつなぐ事が出来た<ref>[[#Kerr|カー]] p. 34, 35</ref>。