「アンメリス」の版間の差分

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アンメリスの名は、[[エウセビオス]]による[[マネト]]の歴史書『アイギュプティカ』の要約にのみ現れる。エウセビオスはアンメリスが[[ヌビア|ヌビア人]]であるとし、12歳または18歳で第26王朝の初代ファラオになったとする<ref name="K">Kitchen, op. cit., § 116-8</ref>。
 
紀元前720 - 716年 (紀元前715 - 712年とする説もある)頃、[[エジプト第25王朝|第25王朝]]のシャバタカは[[エジプト第24王朝|第24王朝]]のバクエンレネフを破り、自身に忠実な軍司令官をサイスの知事に任命した。この知事の本来の名前の記録は失われ、ギリシャ語化されたアンメリスまたはアメレスという名と、その故郷にちなむ「ヌビア人」(the Nubian) というあだ名が伝わっている。彼はステフィナテス (テフナクト2世) が王位を継いだ紀元前695年までサイスを統治したと考えられている<ref name="K"/>。
 
== 参考文献 ==