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差分

 
の4つのスローガンが確認される。(後に検閲制度撤廃が追加される)
====学生のストライキ====
その後、5月31日に7000人による最初の大衆団交要求集会が文理学部で行われ、6月4日に行われた再度の大衆団交要求集会では、一週間以内に全共闘の要求に日大当局が応えない場合は学生によるストライキを行うと宣言される。期限の6月11日に当局の解答がなかったため、経済学部と法学部は翌日からストライキに突入した。この日、日大生約10000人による総決起集会が行われていたが、体育系学生の他、桜会、港会といった右翼団体からスト破りの襲撃を受け、その際に鉄パイプや投石の他、日本刀や砲丸といった凶器が用いられ、重軽傷者は200人以上に達した。これに対して全共闘はバリケード構築による抵抗を見せるようになる。
その後、6月15日には文理学部、18日には商学部、19日には芸術学部、22日には農獣医学部、24日には文理学部三島校舎がストライキに突入した。
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