「携帯情報端末」の版間の差分

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世界初と言われるPDAは、1984年に発売された[[PSION]]の[[:en:Psion Organiser|Organizer]]である。1991年、PSIONは後継機の[[:en:Psion Series 3|Psion's Series 3]]を発売した。これはフル・キーボードを備え、より一般的となるPDAのデザインに近いものとなっている<ref>{{cite web |title=The Protea Story |url=https://www.theregister.co.uk/2007/06/26/psion_special/page2.html |publisher=The Register|accessdate=2018-3-3}}</ref><ref>{{cite web|url=http://stevelitchfield.com/historyofpsion.htm|title=3-Lib History of Psion|publisher=|accessdate=9 June 2015}}</ref>。1992年には、[[Apple Newton]]が発表され、PDAという言葉はこの機器のために造られた<ref>[http://techland.time.com/2012/06/01/newton-reconsidered/ Newton, Reconsidered] - ''[[Time (magazine)|Time magazine]]'', June 1, 2012</ref>。1994年、[[IBM]]は携帯電話の機能を備えたPDAである[[IBM Simon]]を発売した。これをもって最初の[[スマートフォン]]ということもできる。1996年、[[ノキア]]も同様に携帯電話機能を備えたPDAである[[:en:Nokia 9000 Communicator|9000 Communicator]]を発売した。これは、世界で最も売れたPDAとなった。1996年には、もう一つの有名なPDAブランドとなる[[パーム (企業)|パーム]]による[[Palm]]が発売された。
 
日本では[[パイオニア]]が1996年に全画面液晶表示の携帯電話端末[[DP-211]]、翌年に[[DP-211SW]]を発売している。メモ・スケジュール・ゲーム・メールなどを扱う、日本の元祖PDA・スマートフォンともいえる端末であったが、日本は各社がよりコンパクトかつ使い易い普通の”携帯電話端末の開発を進め、ユーザーをまたそれを求めた、つまり「全画面液晶、タッチパネル操作による情報端末」に対する技術と市場がまだ熟成していなかっために他社で追随するものは現れず、パイオニアもこの市場ニーズに合わせる形となり、機能を高めていった[[DP-212]]、[[J-PE01]]、[[J-PE02]]のあとの同社製後継機である[[J-PE03]](2000年)は当時の一般的な携帯電話端末の形式に高機能を押し込んだものとなってしまった。かつ、J-PE03のマイナーチェンジ版であるJ-PE03IIをもって、パイオニアは携帯電話端末・PDAから撤退した。
 
[[2000年代]]のPDAは、静止画閲覧、ネットアクセス、動画再生など多くの機能を実装した[[マルチメディア]]端末となった。[[2010年代]]現在のPDAは、メディアプレーヤや[[タブレット (コンピュータ)|タブレット端末]]および[[スマートフォン]]などの携帯デバイスの市場に吸収された形となっている。