「房総」の版間の差分

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(関連項目は、わずかでも関連の有りそうな事柄を手当たり次第に列挙するものではありません。)
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{| class="floatright"
|+ 房総三国(安房国/上総国/下総国)
|| {{File clip | 地図 令制国 安房国.svg | width = 120 | 40 | 5 | 25 | 70 | w = 512 | h = 512 | 安房国({{color|#f00|■}})}}
|| {{File clip | 地図 令制国 上総国.svg | width = 120 | 40 | 5 | 25 | 70 | w = 512 | h = 512 | 上総国({{color|#f00|■}})}}
|| {{File clip | 地図 令制国 下総国.svg | width = 120 | 40 | 5 | 25 | 70 | w = 512 | h = 512 | 下総国({{color|#f00|■}})}}
|}
'''房総'''(ぼうそう)とは、[[令制国]]の房総三国([[安房国]]・[[上総国]]・[[下総国]])をあわせた地域の呼称、現在の[[千葉県]]を主たる地域とするが、場合により範囲は異なる。
 
『[[古語拾遺]]』によれば、[[神武東征]]において[[畝傍山]]の[[麓]]に[[橿原神宮|橿原宮]]を造営した[[天富命]]が、[[阿波国]]に続いて[[開拓]]した地が[[総国]]とされ、のち二国に分立、[[西国]]からの[[移住]]や[[開拓]]が[[黒潮]]にのって[[太平洋]]側から進められたことから、南東側が上総国となり、北西側が下総国となった。さらに、上総国から安房国を別け令制国としての房総三国が成立した。そのため、現在の[[徳島県]]や[[和歌山県]](一部[[伊豆半島]]も含む)と、千葉県の太平洋側で共通の地名が見られる。
 
{{File clip | Geofeatures map of Kanto Japan ja.svg | width = 250 | 40 | 1 | 1 | 50 | w = 700 | h = 700 | 房総半島(現代)の周辺地形}}
令制国の房総三国は、[[隅田川]]以東、[[鬼怒川]]([[香取海]])以西の、現在の[[東京都]]・[[埼玉県]]・[[茨城県]]を含んでおり、本来の房総の範囲は千葉県に限定されるわけではないが千葉県以外の地域を房総と呼ぶことはあまりない。うち[[半島]]である部分を[[房総半島]]と呼び、南側の一部は[[南房総国定公園]]の公園区域をなし、[[観光地]]であることから[[テレビ]]の[[旅行番組]]や[[旅行雑誌]]の影響もあり、現在では南部の南房総のみを単に房総ということが多い。テレビや雑誌のみならず、[[吉田東伍]]著『[[大日本地名辞書]]』「上総国」では、「されば[[山武郡]](旧の[[山辺郡|山辺]][[武射郡|武射]])は上総の管内とするも、地形は全く下総に入り、房総半島に係らずと知るべし」としており、[[明治時代]]から南房総のみを房総や房総半島とする例もみられた。
 
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