「西本聖」の版間の差分

{{by|1980年}}から{{by|1985年}}まで6年連続2桁勝利を記録した。特に{{by|1981年}}の活躍は秀逸であった。
 
この年はキャンプ中で西本が留守だった自宅がガス爆発を起こし、夫人が重傷を負っていた。この対応に追われた西本の開幕時の仕上がりは不十分であり、[[開幕投手]]予想の大勢は江川であったという。しかし、当時の[[藤田元司]]監督は西本が逆境に強い性格であることを見抜き、開幕投手に指名した。開幕戦を勝利した西本はウイニングボールを持って病院に向かい、病床の夫人を見舞った<ref>{{G5000|p.62〜 1981年のシーズン、江川とのライバル関係等}}他</ref>。開幕以降、勝利を積み重ね、この年のチームはセリーグで優勝した。
 
[[1981年の日本シリーズ|同年の日本シリーズ]]では、[[北海道日本ハムファイターズ|日本ハム・ファイターズ]]を相手に1完封を含む2完投勝利を挙げ[[最優秀選手 (野球)#日本シリーズMVP|MVP]]を受賞した。第2戦では、日本シリーズ初の毎回奪三振の記録も作った(日本シリーズでの毎回奪三振は、以降長きに渡って誰も達成できなかったが、[[2008年の日本シリーズ]]第4戦に西武の[[岸孝之]]が達成した)。第4戦では13安打を喫しながら、要所を締めて完封勝ち、粘りの投球の真骨頂を見せた。当時は両チームとも[[後楽園球場]]を本拠地としていたため、史上初めて全試合同じ球場で行われた日本シリーズ(後楽園シリーズ)は、巨人の優勝となった。
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