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== 概要 ==
[[中国の歴史|古代中国]]では[[春秋戦国時代]]、[[三国時代 (中国)|三国時代]]などの戦時で度々行われた行為であり、[[戦国時代 (日本)|戦国時代]]の[[日本]]ではたびたびこの行為が戦の度に行われていた<ref>古代における異民族による武具略奪の事例としては、[[878年]](9世紀末)に[[秋田城]]が[[蝦夷]]によって焼き討ちされた際の報告として、甲冑300領や馬1,500匹、穀物類などを盗まれた記述があり(参考・『世界考古学体系4 日本IV』 [[平凡社]] 4版1966年 p.67)、武具被害が目立つ。戦国期の例でいえば、『[[北条五代記]]』に[[風魔小太郎]]が少数精鋭で敵地に侵入した際、繋いであった敵軍の馬に乗り、そのまま転用している</ref>。主な目的として、自身の装備品より良い[[武器]]を奪うためや、それらを売り払って金銭にするため、[[リバースエンジニアリング]]等の敵情調査目的などがある。
 
武具鹵獲の機会は戦地に限らず、漂泊船の調査においても可能である(『[[吾妻鏡]]』の[[13世紀]]の記述として、高麗人の[[船]]が[[日本]]に着いた際、[[弓 (武器)|弓]]や[[具足]]などを調査・記録させている)。