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{{宣伝|date=2018年11月}}
{{混同|武蔵野大学}}
{{大学
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|ふりがな = むさしだいがく
|英称 = Musashi University
|画像=
|画像説明=武蔵大学・大講堂
{{maplink2|frame=yes|plain=yes|type=point|zoom=13|frame-align=center|frame-width=250}}
|大学設置年 = 1949年
|創立年 = 1922年
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|緯度度 = 35 |緯度分 = 44 |緯度秒 = 10
|経度度 = 139 |経度分 = 40 |経度秒 = 0
|キャンパス = 江古田(東京都練馬区)
|学部 =
|研究科 = 経済学研究科<br />人文科学研究科
|大学の略称 = '''武蔵'''(むさし)、'''武蔵大'''(むさしだい)
|ウェブサイト = https://www.musashi.ac.jp/
}}
{{mapplot|139.667643|35.736944|武蔵大学}}
== 概観 ==
=== 大学全体 ===
[[新制大学]]として発足する際、旧制高等学校時代の資源を活かせる[[文理学部]]を設置する案が有力であったが、理事会(育英会)の意向を考慮し、戦後日本の復興に資する大学を建設するという意味での[[経済学部]]と、[[進学課程 (医歯学部)|医学部進学課程]]([[1962年]]廃止)の構成で出発した。当初、大学学長兼高校中学校長には旧制武蔵高等学校長の[[宮本和吉]]が、経済学部長には[[鈴木武雄]]が就任した。その後、[[1969年]]に[[人文学部]]を増設、[[1998年]]に人文学部社会学科が独立して[[社会学部]]が設置され、現在は3学部8学科2研究科を有す文系総合大学である。また、武蔵大学は、[[旧制高等学校]]がルーツの武蔵大学、[[学習院大学]]、[[成蹊大学]]、[[成城大学]]で構成される[[東京四大学]]の一校である。
[[北海道]]にある[[北海道武蔵女子短期大学]]は姉妹校。
=== 大学名の由来 ===
'''「武蔵」'''の校名は、かつて[[日本]]の[[行政区画|地方行政区分]]だった[[令制国]]の1つ[[武蔵国]](むさしのくに)の地名および、「戢武(しゅうぶ・武を収める)崇文」(武をおさめ文を崇ぶ)という平和主義を託した創立時の人々の思いが反映された校名である<ref>「[https://www.musashigakuen.jp/ayumi/kinenshitsu/tenzi/koumei.html 校名の由来|根津育英会武蔵学園]」</ref>。また創立関係史料によると、[[武蔵国|武蔵]]は古来強き人が出た所で、雄々しき感じが起こると記されている。(なお、常用漢字の改正以前は、武蔵の「蔵」は旧字体の「藏」と表記していた<ref>1950年度の写真ポスター[http://www.geocities.jp/sirakigi/gakuhis_files/dposter.jpg]において、武藏と表記されている。</ref>。)
=== 建学の理念と目標 ===
武蔵大学は建学の三理想および、3つの目標を定めている。三理想は[[1922年]]の[[旧制武蔵高等学校]]の第一回入学式に先立つ教師会において当時の[[一木喜徳郎]]校長が'''「正義ヲ重ンジ真理ヲ愛シ、自ラ理解考究スル能力ヲ有シ、世界ニ活動スル体力ヲ有ス」'''と訓示されたものを原型とし、[[1928年]]に現在の形となったもので、この三理想をもとに、[[21世紀]]の新たな社会において大学に求められる知の創造、継承と実践を目指したものが、3つの目標である。伝統となっている少人数教育を一層強化し、教員との密接なコミュニケーションのなかで、これからの社会を支え、発展させ得る「自立した活力ある人材」の育成を目指している。
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</blockquote>
=== 教育および研究 ===<!--
※大学の学問的な特徴の概略をこちらでまとめる。各学部ごとに詳細な内容をまとめる必要がある場合は後述の学部をまとめた項目で記すこと。さらに歴史的・社会的にどのような価値を持つのかが関係者以外でも理解できるように記述する。-->
;
武蔵大学は開学以来、徹底した少人数教育を行っているが、その特色を最もよく反映しているのが'''「ゼミナール」'''である<ref>「[https://www.musashi.ac.jp/seminar/index.html 武蔵のゼミ|武蔵大学]」</ref>。
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1年間(または1学期)の協定留学は学内成績や語学資格で一定の基準を満たさなければならず、選考もある。また、武蔵大学学生国外留学奨学金や学生海外研修奨学金をはじめとする奨学金も用意している。さらに、金銭面以外でも留学準備講座など留学を支える様々なサポートシステムが存在する。
===
武蔵大学の発表によると、全体の就職率が例年95%程度、学生の第一志望群の就職率が80%以上に達しているとしている。
== 沿革 ==
=== 略歴 ===
[[File:NezuKaichirozo.jpg|250px|thumb|武蔵大学の前身、[[武蔵高等学校 (旧制)|旧制武蔵高等学校]]の創設者である[[根津嘉一郎 (初代)|初代根津嘉一郎]]翁像]]
[[File:MusashiUniS.jpg|250px|thumb|初期の正門、武蔵大学十周年記念祭にて撮影]]
{|class="wikitable"
!年月!!年表
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|-
|[[2015年]]4月||「ロンドン大学と武蔵大学とのパラレル・ディグリー・プログラム」開始。
|}
== 基礎データ ==
=== 所在地 ===
*江古田キャンパス([[東京都]][[練馬区]][[豊玉上]]1-26-1)
*朝霞グラウンド・朝霞プラザ(
=== 校歌・讃歌 ===
* 「武蔵大学讃歌」
** 作詞 斉藤忠三
** 作曲 柴田丈夫・守住佐一郎
** 武蔵大学には校歌が存在しないが、校歌に相当するのが武蔵大学讃歌である<ref>「[https://www.musashi.ac.jp/annai/ayumi/symbol.html 大学シンボル・武蔵大学讃歌|武蔵大学]」</ref>。この讃歌は雑誌「武蔵評論」に寄稿された同級生の作「祥瑞の白雉」に刺激された齋藤忠三が作詞。その後作曲の守住左一郎の眼にとまったのが縁で、美しい五線譜が組みこまれた。大学2回卒業生の謝恩会で発表、愛唱歌となった。
<br />
=== 象徴 ===
*[[スクールカラー]]は緑、校章は'''
*武蔵のシンボル白雉は[[続日本紀]][[神護景雲]]2年「武藏国献白雉」の故事に因む。
*3号館中庭に存在する樹齢200年の大欅は幹周り4mに達する巨木で、開校以来学園の象徴になっている。校歌「武蔵賛歌」([[1927年]]製作)では'''「庭面にそそる大欅 千代の髪振り、かたりけり」'''と謳われている。[[1994年]]には「ねりまの名木」100選に選定された<ref>「[https://www.city.nerima.tokyo.jp/kankomoyoshi/annai/fukei/meiboku/nerimano-meiboku.html ねりまの名木について:練馬区公式ホームページ]」</ref>。
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==== 経済学部 ====
開学当初から唯一存在する学部であり、事実上武蔵大学の看板学部である。経済学科、経営学科、金融学科の順に設置され、金融学科については、同じく金融学科を設置する東京大学、中央大学に先んじて、日本の大学で一番最初に設置された。所属学科にとらわれずにコースやゼミを選択できるのが特徴
==== 人文学部 ====
人文学部は、設置当初、欧米文化学科(英米文化コース・フランス文化コース・ドイツ文化コース)・日本文化学科・社会学科の3学科であった。のち社会学科が独立して新たに社会学部となった。また、比較文化学科が設置されていたが、再編の際に吸収され現在の3学科体制となった。
人文学部の初代学部長には当初、哲学者の
人文学部、とくに欧米文化学科と日本文化学科は、「文学科」の枠を超えた「文化学科」構想を実現させる[[カリキュラム]]で構成された。「[[文学]]」だけではなく、言語を中心に[[思想]]や[[歴史]]など人文系・[[社会科学]]系のカリキュラムを幅広く配置し、[[文化]]の総合的・立体的な理解ができるように構成していた。また、学部改変まで設置されていた「共通科目」も「文化学科」構想の試みの一つであった。3学科それぞれの専門科目の一部を学部共通の「共通科目」として設定し、一般教養科目として位置づけて履修を可能にした。
日本文化学科では、[[神田秀夫]]が中心となり、[[日本]]をフィールドとした文化学科の構築が進められた。神田は1974年、学部の学会紀要である『武蔵大学人文学会雑誌』に「「日本文化学科」管見」を掲載し、独自の文化論を背景にした「文化学科」の試みを報告、大学の学科構成における「文学科」から「文化学科」への流れを押し進めることを提唱した。また、日本文化学科では、400字詰用紙100枚を規定とする[[卒業論文]]を必修とした。演習での論文指導を踏まえ、人文学部で卒論を必修としたのが日本文化学科だけだったことなどもあって、卒論は、日本文化学科のアイデンティティの重要な一部であった。
==== 社会学部 ====
1969年に増設された人文学部社会学科を1998年に改組し、現在の社会学部(社会学科)を増設。2004年に社会学部にメディア社会学科を増設。社会学部は社会学科、メディア社会学科から構成される。「日常、あまりに当たり前で気づかない身のまわりの出来事に目をとめ、社会学の理論的・実証的な方法を駆使して、社会の仕組みを読み解いていくこと」が目標とされている。
=== 大学院 ===
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== 学生生活 ==
=== 部活動・サークル ===
*
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その他、サッカー部・ホッケー部・ラクロス部・バレーボール部・バスケットボール部・ゴルフ部・剣道部・硬式庭球部・軟式野球部・弓道部・ハンドボール部・バドミントン部・合唱団・室内楽団・管弦楽団・アカペラ・ESS部など活発な部活動が行われている。また、部活だけでなく複数のテニス、ダンスサークルなども活動している。さらに、文化団体連合会や体育連合会、サークルなどの部屋が江古田キャンパス10号館と朝霞キャンパス部室棟に設置されている。
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== 施設 ==
=== 江古田キャンパス ===
*使用学部: 経済学部、人文学部、社会学部
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**都営バス白61武蔵大学前下車徒歩0分。
==== 施設 ====
*1号館は[[2012年]]秋に完成し、英語をはじめとした外国語や異文化を学ぶためのスペースMusashi Communication Village、通称'''「MCV」'''があり<ref>「[https://www.musashi.ac.jp/manabi/gec/mcv/index.html Musashi Communication Village(MCV)|武蔵大学]」</ref>、地下のシアター教室は最先端の音響・映像機器を完備している。壁面にガラスが多用され、全体的に開放感を感じさせるデザインとなっている。1階には生協購買部があり隣のエントランスホールには[[三井住友銀行]]の[[現金自動預け払い機|ATM]]が設置されている。1号館の2階が2号館のテラスと接続しており、さらにその2号館から3号館、6号館、7号館、8号館、大学図書館本館へと地上に降りずに各施設への連絡が可能。
*2号館には学生食堂・学生ホールがある。
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*10号館には体育会系、文化系、それぞれの活動を支える部室や、板敷と畳敷の二面を備え、主に剣道、柔道、空手道、合気道、少林寺拳法の各部が利用する武道場や、ダンス練習用バーと大型ミラーを備えたホールなどが設置されている。
*他に3号館に隣接している'''大学図書館本館'''、5号館の横にそびえる教授研究棟、9号館内に居を構える'''根津科学研究所'''、10号館の裏に存在する大学体育館、[[大隈講堂]]や[[日比谷公会堂]]を手掛けた[[佐藤功一]]による設計で入学式や卒業式や学生大会や白雉祭など、幅広い用途で使われる'''大講堂'''などがある。大講堂と3号館は[[練馬区指定・登録文化財一覧|練馬区登録文化財]]に登録され、これら2棟の建築物に根津科学研究所加えた3棟は[[ロングライフビル推進協会|BELCA賞]]を受賞した<ref>「[https://nerima.keizai.biz/headline/1037/ 武蔵大の歴史建造物3施設がBELCA賞 区の登録文化財に続き - 練馬経済新聞]」</ref>。
[[画像:Gakuenkinenshitsu.jpg|
*大講堂内に本学のシンボルともいえる武蔵学園記念室が存在しており、武蔵学園に関わる資料を収集整理・保存し、広く学内外に公開展示していくとともに、将来に予定される学園正史刊行への準備・研究等の中心的役割を果している。
*武蔵大学総合研究所という研究所の事務室が8号館4階にあり、根津化学研究所の中に第一研究室、第二研究室がある。この研究所では既存の学部・学科組織や学問領域を越え、また地域社会・企業などと連携した研究活動を行っている。現在行っている主な活動は1. 研究および出版支援、2. 学際的、総合的な研究開発、3. 地域・市民との協同研究である。
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*2017年 映画『[[帝一の國]]』
=== 朝霞グラウンド・朝霞プラザ
<!--武蔵学園記念室からの転載がある画像のため除去しました-->
*交通アクセス
**江古田キャンパスより運行される大学専用バスで約30分。
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**[[成城大学]]
**[[甲南大学]]([[兵庫県]])
*単位互換制度
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=== 系列校 ===
*[[武蔵中学校・高等学校]]
*:[[1948年]]に開学した武蔵高等学校
=== 海外協定校 ===
* {{GBR}}
**[[ケント大学]]([[ケント (イングランド)|ケント州]])
* {{FRA}}
**[[トゥレーヌ学院]]([[トゥール]])
565 ⟶ 417行目:
* {{NLD}}
**[[フォンティス応用化学大学]]([[フェンロー市|フェンロー]])
* {{USA}}
**[[オハイオ大学]]([[オハイオ州]])
**{{仮リンク|セント・マイケルズ大学|en|Saint Michael's College}}([[バーモント州]])
**[[ハワイ・パシフィック大学]]([[ハワイ州]])
**{{仮リンク|ノーザン・ケンタッキー大学|en|Northern Kentucky University}}([[ケンタッキー州]])
**{{仮リンク|アデルファイ大学|en|Adelphi University}}([[ニューヨーク州]])
**{{仮リンク|ペース大学|en|Pace University}}(ニューヨーク州)
**[[テンプル大学]]([[ペンシルベニア州]])
* {{CAN}}
**[[ブリティッシュコロンビア大学]]([[ブリティッシュコロンビア州]])
* {{AUS}}
**[[ディーキン大学]]([[メルボルン]])
* {{KOR}}
**[[高麗大学校|高麗大学]]([[ソウル特別市]])
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=== パラレル・ディグリー・プログラム ===
* {{GBR}}
**[[ロンドン大学]]
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{{大学IRコンソーシアム}}
{{国連アカデミック・インパクトJapan}}
{{私立大学図書館協会}}
{{日本私立大学連盟}}
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[[Category:武蔵大学|*]]
[[Category:東京都の大学]]
[[Category:1949年設立の教育機関]]
[[Category:学校記事]]
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