「河川舟運」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
m編集の要約なし
m 角括弧の終了違反
14行目:
=== ミシシッピ川 ===
[[ミシシッピ川]]は[[アメリカ合衆国]][[ミネソタ州]]の[[イタスカ湖]]から[[メキシコ湾]]に注ぐ全長3,782 kmの[[北アメリカ|北米]]を代表する河川である<ref name="jstra" />。ミシシッピ川の流域州は10州で[[支流]]を含めた流域面積は米国本土の約4割にあたる<ref name="jstra" />。
 
2015年の内航水運(ただし河川舟運のほか[[沿岸]]海運を含む)の総貨物輸送量は9億480万[[ショートトン]]で、そのうちミシシッピ川の輸送量は本流だけで約3億1,580万ショートトンを占め、全内航輸送量の約35 %となっている<ref name="jstra" />。
 
== 日本の河川舟運 ==
22行目:
[[昭和]]中期ごろまで、米や[[木材]]といった荷物を運ぶためには、険しい山道を歩く陸上交通よりも、水運の方がはるかに速く容易であったことから、ほとんどの河川で、現在の[[道路]]機能の代わりを担う、人や貨物を運ぶ重要な物流の中心となっていた{{sfn|ロム・インターナショナル(編)|2005|pp=127–128}}。たとえば、[[琵琶湖]]を水源とし[[大阪湾]]に注ぐ[[淀川]]では、上流域で[[瀬田川]]、中流域で[[宇治川]]と名を変えて呼ばれていて、[[京都市|京都]]と[[大阪市|大坂]]を結ぶ交通の大動脈として機能した。淀川に合流する支流の[[木津川]]は、奈良の[[平城京]]や寺院建設のために、瀬田川流域の森林から伐採された木材が木津川を遡って奈良に運ばれたりもされた{{sfn|ロム・インターナショナル(編)|2005|pp=127–128}}。
 
[[明治]]に入って、鉄道網が整備されるようになると、川の交通は次第に衰退していったが、木材だけは昭和中期ごろまで「[[[[筏|いかだ]]流し」とばれる運搬方法によって川で運ばれていた。しかし、電源開発や利水確保のために川に[[ダム]]が建設されるようになると、こうした木材運搬も廃れていった{{sfn|ロム・インターナショナル(編)|2005|pp=127–128}}。
 
今日における交通の主役は陸上交通にとって代わったため、河川舟運はほぼ見られなくなったが、一部では、かつてのような本来の運搬としての機能の形を変えて、[[観光]]用の川下りや[[遊覧船|遊覧]]の船便があるほか、東京の首都圏では[[荒川 (関東)|荒川]]、[[隅田川]]で[[水上バス]]が運行されている{{sfn|ロム・インターナショナル(編)|2005|pp=127–128}}。
100行目:
* [[渡し船]]
* [[河岸]]
* [[年貢]]
* [[船問屋]]
* [[殖産興業]]
* [[日本の鉄道史]]
 
{{河川関連}}
 
{{デフォルトソート:かせんしゆううん}}
[[Category:河川水運|*]]