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内戦の最中、チャールズ1世は反乱で背かれたスコットランドとアイルランドから援軍を求め交渉していた。スコットランドを王党派で平定すべく盟約派から王党派に離反したモントローズ伯を侯爵に昇叙、スコットランド総督に任じて帰国させた。モントローズ侯は期待に応え1644年8月に[[アイルランド貴族]]のアントリム伯{{仮リンク|ランダル・マクドネル (初代アントリム侯爵 1645年創設)|en|Randal MacDonnell, 1st Marquess of Antrim (1645 creation)|label=ランダル・マクドネル}}と親戚の{{仮リンク|アラスデア・マッコーラ|en|Alasdair Mac Colla}}と共にスコットランドで挙兵({{仮リンク|スコットランド内戦|en|Scotland in the Wars of the Three Kingdoms}})、1645年には[[インヴァロッヒーの戦い (1645年)|インヴァロッヒーの戦い]]([[2月2日]])・[[キルシスの戦い]]([[8月15日]])で連勝しアーガイル侯ら盟約派を追い落として平定に迫ったが、盟約派の反撃に遭い[[9月13日]]の[[フィリップホフの戦い]]で敗れ、スコットランド平定はならなかった<ref group="注">敗北後もモントローズ侯は諦めずゲリラで各地に出没、盟約派との戦いを続けていたが、1646年にスコットランド軍に捕らえられたチャールズ1世が軍解体を命令したためそれに従い、[[ノルウェー]]へ亡命した。ウェッジウッド、P578 - P582、P629、P637。</ref><ref>トランター、P276 - P280、ウェッジウッド、P374 - P378、P426 - P432、P495 - P502、P517 - P518。</ref>。
 
アイルランドでは駐屯軍司令官で[[アイルランド総督 (ロード・レフテナント)|アイルランド総督]]の[[オーモンド伯爵 (アイルランド)|オーモンド侯]][[ジェームズ・バトラー (初代オーモンド公)|ジェームズ・バトラー]]に反乱勢力のアイルランド・カトリック同盟との交渉を任せ、和睦と援軍派遣を期待していたが、宗教の違いとそれぞれの無理な要求で交渉は難航、1643年[[9月15日]]に何とか休戦が成立した。ところが続く和睦交渉は暗礁に乗り上げ<ref group="注">アイルランド同盟はカトリック刑罰法の撤廃を、オーモンド侯はアイルランド同盟が占領したイングランド国教会の領土返還を要求した。この実現が難しい要求で交渉は進まず、援軍欲しさに撤廃に応じるチャールズ1世をオーモンド侯が諫めることもあった。山本、P140 - P141。</ref>、互いの要求を棚上げにして和睦条約が調印されたのは1646年[[3月28日]]と第一次内戦が終わる寸前であり、援軍を求めるにはあまりにも遅過ぎた。しかもこの間にチャールズ1世はオーモンド侯の頭越しにアイルランドへ密使を送ることを計画、密使として派遣され1645年7月にアイルランドに着いた寵臣のグラモーガン伯{{仮リンク|[[エドワード・サマセット (第2代ウスター侯)|label=エドワード・サマセット|en|Edward Somerset, 2nd Marquess of Worcester}}]]はオーモンド侯に協力するふりをしてアイルランド同盟と独自に接触した<ref>山本、P136 - P142、ウェッジウッド、P324 - P325、P492。</ref>。
 
更に、11月にアイルランドへ派遣された[[教皇|ローマ教皇]][[インノケンティウス10世 (ローマ教皇)|インノケンティウス10世]]の特使{{仮リンク|ジョヴァンニ・バッティスタ・リヌチーニ|en|Giovanni Battista Rinuccini}}が和睦条約に反対して聖職者や軍人達を動かし、グラモーガン伯もリヌチーニと結びつきアイルランド人に対する土地返還とカトリック寛容を引き換えにした軍事援助の秘密条約実施を申し出た。だがリヌチーニはどちらの条約にも反対、グラモーガン伯は秘密交渉の発覚で逮捕され、チャールズ1世はグラモーガン伯との関与を否定したがアイルランド同盟から不信を抱かれ、オーモンド侯の和睦条約もリヌチーニに扇動された反対派により破棄され、もはやアイルランドからも援軍を期待出来なくなった<ref group="注">その後1649年[[1月17日]]に改めてオーモンド侯とアイルランド同盟は1646年と同様の条件で和睦、障害だったリヌチーニが2月にアイルランドを離れたため両者は手を結んだが、皮肉にも和睦した日はチャールズ1世が処刑される13日前だった。山本、P144。</ref><ref>山本、P142 - P144、ウェッジウッド、P541 - P546、P555 - P559、P617 - P620。</ref>。
}}
{{end box}}
{{スコットランド王|[[15671625年]] - [[16251649年]]}}
{{イングランド王|[[16031625年]] - [[16251649年]]}}
{{アイルランド王|[[16031625年]] - [[16251649年]]|アイルランド王}}
{{Normdaten}}
 
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