「出渕裕」の版間の差分

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=== 好み・趣味 ===
*[[アニメディア]]誌上での[[美樹本晴彦]]との対談で[[ショタコン]]である事を冗談で告白。また友人の[[ゆうきまさみ]]が1987年に渋谷で行われた出渕の個展に寄せた漫画では、出渕は「僕は嫁さんよりも娘がほしい」と言っていた事があるという。
* アニメージュ1980年10月号の座談会で自分は「[[源静香|しずかちゃん]]のヌードに感じるタイプだなァ」と語っている。また『[[ドラえもん]]』は「しずかちゃんのヌードシーンがあるからみなくっちゃイケナイナァとおもうもン」と語っている。この座談会で実写も悪くないとする周囲に「アニメのほうが、ゼッタイいいよ。ナマナマしいのはキライッ」と力説した。
*ゆうきやとりと同様、[[原田知世]]の熱烈なファンだった。原田知世の主演映画『[[天国にいちばん近い島]]』にも出演している。[[ファンロード]]誌において、レポートマンガを描く条件で原田知世にインタビュー。この時、握手した手を3日洗わなかったという。
* [[ジム・ヘンソン]]監督の映画『[[ダーククリスタル]]』に傾倒し、デザイン面でも同映画のデザイナー、ブライアン・フロードの影響を受けている。また来日したジム・ヘンソンが、雑誌[[B-CLUB (模型雑誌)|B-CLUB]]のインタビューを受けた際に、インタビュアーを務めている<ref>B-CLUB No.32 [[バンダイ]]メディア事業部出版課刊 1988年 ISBN 4-89189-412-1</ref>。
* 雑誌『[[宇宙船 (雑誌)|宇宙船]]』vol.16に寄稿したイラストエッセイで、影響を受けた特撮作品として『[[人造人間キカイダー]]』、『[[イナズマンF]]』、『[[スーパーロボット レッドバロン]]』の3作を挙げている。
* 大のドイツ軍フリークとしても知られ、ナチス軍装についての造詣も深い。また『[[新機動戦記ガンダムW]]』の衣装デザインなどでも見せたように、西洋の装飾的な礼服についてもかなりの知識を持っている。フリッツヘルメットや[[パンツァーファウスト]]などをモビルスーツのデザインに採用し、「ジオン軍=ドイツ風」のイメージを確立した。本人も「業界ナチ担当」([[mixi]]の自己紹介文より)と自嘲しており、中学時代には学生服の上からベルトを巻いてナチ将校のコスプレごっこをしていた。
== 作品リスト ==
=== 漫画 ===
* ときめいて! ビリンちゃん ♥(『戦闘メカ ザブングル大事典』)
* トラブル専科(いづぶちゆたか名義)(ザ・モーションコミック 1983年5月30日号)(読み切り)
* はっぴいえんどなんてくるわけない(いづぶちゆたか名義)(ザ・モーションコミック 1984年1月20日号、1984年6月1日号)
** 「メカニカルベースデザイン」として中盤まで<ref>中盤以降のデザインはバンダイ主導のデザインコンペ(その趣旨は展開が遅れていたプラモデルのラインナップを強化するため、既に発売されているプラモデルにパーツを追加する事で作品に新メカとして登場させるというものだった)で採用された[[モデルグラフィックス]]([[小田雅弘]]、かときすなお([[カトキハジメ]])、[[あさのまさひこ]]他)の原案を、明貴美加や[[佐山善則]]がクリンナップし、後に明貴がメインでデザインを担当した。</ref>の敵[[モビルスーツ]]、ガルスJやズサ等のラフデザインを担当<ref>バウはフィニッシュまで出渕が担当。それ以外のクリンナップは[[伸童舎]]([[岡本英郎]]、[[明貴美加]])が担当した。また、ゲゼについては出渕は関与せず永野護の案を伸童舎がまとめた。</ref>。
** 元々は全てのメカデザインを[[永野護]]が担当する予定だったが、スポンサーであるバンダイの意向によって永野が降板したため、急遽主役メカ・[[ΖΖガンダム]]のデザイン原案は[[小林誠 (イラストレーター)|小林誠]]に依頼され(クリンナップは伸童舎)、敵メカのデザイン原案が出渕に発注された。
** 当初、『[[機動戦士Ζガンダム]]』の後番組には出渕デザインの新作が予定されていたが、ΖΖZZの企画が決定しペンディングとなった。
* [[ケルベロス・サーガ]](1987年-)
** 『[[紅い眼鏡/The Red Spectacles|紅い眼鏡]]』『[[人狼 JIN-ROH|人狼]]』など一連の映像・漫画作品に登場する、特機隊の装甲服「プロテクトスーツ」や車輌・航空機などのデザインを担当。出渕のドイツ軍装フリーク振りが遺憾なく発揮されている。
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