「シナゴーグ」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
m マークアップミス
神戸のシナゴーグの名称追記等
1行目:
[[ファイル:בית הכנסת - אתרי מורשת בנס ציונה 2015 (36).JPG|サムネイル|シナゴーグ]]
'''シナゴーグ'''({{Lang-he|'''בית כנסת'''}}<ref>ラテン翻字: {{ラテン翻字|he|Bēth (hā)Kənéseth}}</ref>、{{Lang-yi|שול}}<ref>ラテン翻字: {{ラテン翻字|yi|shul}}</ref>、{{lang-en-short|synagogue}}、{{lang-de-short|Synagoge}}、{{lang-nl-short|synagoge}}、{{lang-hu|zsinagóga}})とは、[[ユダヤ教]]の会堂のことである。[[ギリシャ語]]のシュナゴゲー(集会所)に由来する[[ユダヤ教]]の会堂のことである。[[聖書]]には「[[会堂]]」の名で登場し、ユダヤ教会と俗称されることもある。キリスト教の[[教会]]の前身であるが、役割はやや異なる。
 
[[キリスト教]]の[[教会]]の前身であるが、役割はやや異なる。
もともとは[[聖書]]の朗読と解説を行う集会所であった。
 
元々は[[聖書]]の朗読と解説を行う集会所であった。現在では祈りの場であると同時に、各地の[[ディアスポラ]]の[[ユダヤ人]]の[[礼拝]]や[[結婚]]、[[教育]]の場となり、また文化行事などを行う[[ユダヤ人コミュニティー|コミュニティー]]の中心的存在ともなっている。
 
[[エルサレム神殿]]破壊後はユダヤ教の宗教生活の中心となる。
13行目:
 
== 語源 ==
*ケネス<ref>ヘブライ語ラテン翻字: {{ラテン翻字|he|kenes}}</ref>で集会[[ヘブライ語#現代ヘブライ語|現代ヘブライ語]]大会」「会議」「会合)を意味し、ここから派生した語である。
*クネシヤ<ref>ヘブライ語ラテン翻字: {{ラテン翻字|he|knesiyah}}</ref>でキリスト教会」「キリスト教の教会堂
*ハ・クネセト<ref>ヘブライ語ラテン翻字: {{ラテン翻字|he|hakneseth}}</ref>は[[クネセト|イスラエル国会]]の名称である。
*なお[[アラビア語]]でシナゴーグ、教会を意味する単語はこれらのヘブライ語単語と[[語根]](kns)を同じくする。
 
==シナゴーグ及び遺跡の一覧==
24行目:
|rowspan="1"|{{IRN}}||[[テヘラン]]||style="white-space:nowrap"|[[ユーセフ・アバド・シナゴーグ]]||[[モハンマド・ハタミ]]大統領も訪れたことがある、首都テヘランでも最も大きいシナゴーグのひとつ
|-
|rowspan="3"|{{LIB}}||rowspan="3"|[[シドン]]||[[シドン・シナゴーグ]]||第二神殿時代に礎を遡る。内戦以来荒廃していたが、20142014年に[[ネトレイ・カルタ]]のラビたちにより礼拝が執り行われた
|-
|{{仮リンク|カツェリーン|en|Qatzrin}}||(名称不明)
34行目:
|[[リヴァプール]]||プリンス・ロード・シナゴーグ<ref>{{lang-en-short|Princes Road Synagogue}}</ref>||
|-
|rowspan="2"|{{ESP}}||rowspan="2"|[[コルドバ (スペイン)|コルドバ]]||トレド サンタ・マリア・ラ・ブランカ教会||もとシナゴーグ。1406年キリスト教会に転用。
|-
|トランシト・ユダヤ教会||14世紀、[[ムデハル様式]]。キリスト教教会への転用後、現在国定建築物。
|-
|rowspan="1"|{{PRT}}||rowspan="1"|[[トマール・シナゴーグ]]||トマール・シナゴーグ||元シナゴーグ。[[マヌエル1 (ポルトガル王)|マヌエル1世]]によるユダヤ教徒とイスラム教徒の追放後刑務所などへ転用された。
|-
|rowspan="2"|{{FRA}}||[[ボルドー]]||ボルドー・シナゴーグ<ref>{{lang-fr-short|Synagoge von Bordeaux}}</ref>||
|-
|[[パリ]]||ギマール・シナゴーグ<ref>{{lang-fr-short|Synagogue de la rue Pavée à IVe arrondissement}}</ref>||[[ル・マレ|マレ地区]]。エクトール・ギマール<ref>{{lang-fr-short|Hector Guimard}}</ref>設計。[[アール・ヌーヴォー]]様式。
|-
|{{BEL}}||[[ブリュッセル]]||ジョゼフ・デュポン通り<ref>{{lang-fr-short|rue Joseph Dupont}}</ref>シナゴーグ
72行目:
|儀式の家||
|-
|旧新シナゴーグ<ref>{{lang-cs|Staronová synagoga}}</ref>||世界遺産。現存し、現在も使用されているヨーロッパ最古のシナゴーグ。名称は[[テオドール・ヘルツル]]の小説古くて新しい国<ref>{{lang-cs|Altneuland}}</ref>を思わせる。
|-
|高いシナゴーグ<ref>{{lang-cs|Vysoká synagoga}}</ref>||
86行目:
|{{仮リンク|ホレショフ|cs|Holešov}}||(名称不明)
|-
|[[トシェビーチ]]||(名称不明)||[[世界遺産]]
|-
|[[オロモウツ]]||(名称不明)||
92行目:
|rowspan="2"|{{AUT}}||[[ウィーン]]||市民神殿<ref>{{lang-de-short|Stadttempel}}</ref>||
|-
|[[アイゼンシュタット]]||(名称不明)||[[ラビ]]の[[ザムゾン・ヴェルトハイマー]]が住んだ施設の中の小さな部屋にある。大きくはないが重要なコミュニティー。オーストリア・ユダヤ博物館
|-
|rowspan="13"|{{HUN}}||rowspan="2"|[[ブダペスト]]||ドハーニ通りシナゴーグ<ref>{{lang-hu|Dohány utcai Zsinagóga és a Zsidó Múzeum}}</ref>||
116行目:
|rowspan="2"|[[ミシュコルツ]]||ミシュコルツ・シナゴーグ<ref>{{lang-hu|Miskolci zsinagóga}}</ref>||
|-
|エゲル||[[ホロコースト|ナチスによる破壊]]のため現在「新神殿<ref>{{lang-hu|új templom}}</ref>」は無い。
|-
|[[ショプロン]]||(名称不明)||
148行目:
|{{CAN}}||[[オタワ]]||(名称不明)||
|-
|rowspan="27"|{{ISR}}||rowspan="7"|[[エルサレム]]||[[4つのセファルディムシナゴーグ]]||旧市街にある、[[イベリア半島]]を追放されたユダヤ教徒の子孫である[[セファルディム]]が、イスラエル人がやってくる遥か昔から祈りの場としてきたシナゴーグ群
|-
|エルサレム大シナゴーグ<ref>ヘブライ語ラテン翻字: {{ラテン翻字|he|Beth Kneseth Gadol}}</ref>||世界最大のシナゴーグ。エルサレムのシナゴーグの総本山とされる。
172行目:
|メロン<ref>ヘブライ語ラテン翻字: {{ラテン翻字|he|Meron}}</ref>||
|-
|rowspan="2"|[[サフェド]]||[[アブハヴ・シナゴーグ]]||アルハンブラ勅令によりスペインを追われ、[[パレスチナ]]にたどり着いた[[カバラ]]主義者のラビが建てたシナゴーグ
|-
|[[アリー・アシュケナジー・シナゴーグ]]||[[オスマン帝国]]領ギリシャから同パレスチナに1616世紀に移住した[[セファルディム]]の建てたシナゴーグ
|-
|[[ティベリア]]||[[ティベリアのシナゴーグ]]||オスマン時代の統治者ザーヒル・ウマルに招かれたラビの建てたシナゴーグなどが残る
|-
|[[シェファー・アムル]]||[[シュファルアム・シナゴーグ]]||1717世紀に建てられ、1818世紀の半ば、[[ガリラヤ]]の統治者ザーヒル・ウマルの庇護下に修繕された。
|-
|{{仮リンク|コラジム|en|Korazim}}||(名称不明)||
228行目:
|[[名古屋市|名古屋]]||(名称不明)||
|-
|[[神戸市|神戸]]||関西ユダヤ教団シナゴーグ<ref>「神々の戸を開いた街」『[[日本経済新聞]]』朝刊2019年1月13日(NIKKEI The STYLE)。</ref>||
|[[神戸市|神戸]]||(名称不明)||
|}
<gallery>
250行目:
*各国語版の揃う[[カテゴリー]] [[:en:Category:Synagogues|Category:Synagogues]] も参照。-->
*[[ディアスポラ]]; [[ユダヤ人コミュニティー]]
*[[日本のユダヤ人]]
*[[水晶の夜]]
*[[教会]]; [[グレゴリオ聖歌]]
*[[モスク]]
*[[水晶の夜]]
 
== 外部リンク ==