「上海共同租界」の版間の差分

参事会員の中でも1920年代まで議長を務めていた[[アメリカ人]]の[[スターリング・フェッセンデン]]は最も特筆に価する。更に上海が最も荒れていた時代に租界の理事をも務めており、議会にいたイギリス人よりも「イギリス人」として知られていた。
 
工部局は国家を代表して共同租界の駐在官と共に、[[南京路 (上海)|南京路]]を中心に建築や公共施設を建設した。上海市警察(工部局警察)として警察力を維持し、{{仮リンク|万国商団|zh|万国商团}}と呼ばれる独自の軍事力を持つに至った。多くの外国人がいた名残が今でも上海の多くの場所や建物に残っており、特に[[外灘|バンド]]は[[新古典主義建築]]の建築物が多く残っている。
 
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