「石黒賢」の版間の差分

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== 来歴・人物 ==
父は日本人初のプロ[[テニス]]プレーヤー・[[石黒修]]。賢自身も中学から大学までテニス部に在籍し、中学2年生の時には都大会で[[秋篠宮文仁親王|秋篠宮親王]]とも対戦<ref name="dogatch20151009">{{Cite news |title=石黒賢、秋篠宮様と中学時代にテニスで対戦『徹子の部屋』当時のエピソードを語る |newspaper=[[テレビドガッチ]] |publisher=プレゼントキャスト |date=2015-10-09 |url=http://dogatch.jp/news/ex/35617 |accessdate=2016-09-07}}</ref>、現在もプレーを楽しむこともある。その為、テニス専門誌にコラムを書いたり<ref>『月刊テニスマガジン』"石黒賢のGo-Full-Out"(2012年5月号)より。ドラマ『[[青が散る]]』でもその腕前を披露している。</ref>、[[WOWOW]]のテニス中継([[グランドスラム (テニス)|グランドスラム大会]]や[[ジャパン・オープン・テニス選手権|ジャパン・オープンテニス]]など)では番組ナビケーターやゲストなどで出演することが多い<ref>[http://www.zakzak.co.jp/people/archive/20080619.html 石黒賢 絵になるパパ] 夕刊フジ「ぴいぷる」2008年6月19日付</ref>。
 
「テニスの出来る男の子を捜している」と知人から聞きつけた父の「じゃあうちの子を」との推薦により、[[1983年]]、高校3年生の時に[[TBSテレビ|TBS]]系の[[テレビドラマ]]『[[青が散る#テレビドラマ版|青が散る]]』に主演し[[俳優]]としてデビュー<ref name="dogatch20151009" />。デビュー当時は<!--、有名人の二世という育ちの良さから正統派の若手俳優としてお坊ちゃん的イメージが強く、-->「好青年」「善人」役を演じることが多かったが、90年代後半から徐々に「悪役」に挑戦する機会も得て、その演技の幅も広がった。
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