「今夜は最高!」の版間の差分

こうした内容が大人の視聴者層から人気を呼び、全盛期の[[1986年]]には年間平均[[視聴率]]が14%台に達し、20%を超えることも度々あった<ref>[[1989年]][[9月1日]]付 [[読売新聞]]夕刊「バラエティー「[[オレたちひょうきん族]]」と「今夜は最高!」が消える」</ref>。
 
前述の通り、当番組は[[パイオニア]]の[[一社提供]]で放送された。パイオニアは、それまで[[山城新伍]]と[[芳村真理]]が司会を務めた『[[金曜娯楽館]]』(金曜22時)の[[スポンサー]]を務めていたが、番組の終了を受けて[[金曜日|金曜]]22時台からスポンサー枠を移動し、『[[夜も一生けんめい。]]』まで10年後は土曜23時枠のこの『今夜は最高!』で一社提供スポンサーを務めることになった。提供の読み上げ<ref>提供読みは「この番組は、音と光の未来をひらく、パイオニア(開始当初は“世界の[[ステレオ]]、パイオニア”)の提供でお送りします(しました)」だった。</ref>は、後期に入るまで[[松永二三男]](当時日本テレビ[[アナウンサー]])が担当していた。
 
== 出演者 ==