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[[画像:Kinosaki satonoyu01 2048.jpg|thumb|220px|[[城崎温泉]]「さとの湯」]]
源泉開発の技術が乏しかった時代、[[温泉]]は自然湧出源泉に限られていた。湯量が限られていたことや、温泉は皆の共有財産で誰かの占有物ではない、という考えから湯船は源泉が湧出する場所に共同の浴場として整備され、[[旅館]]はその周辺に建てられた。宿泊客は温泉に浸かる際には、旅館の外にある[[共同浴場]]に通っていた。[[大正時代]]以降、源泉開発技術が向上するにつれ、旅館ごとに独自の源泉を持つようになった。その際に、旅館独自の湯と旅館の外の湯ということで、内湯、外湯という区分が生じた。源泉の意から、元湯と呼ぶ温泉もある。
 
古くからの[[湯治#湯治場|湯治場]]は、皆外湯に通う形態であったが、今日では[[俵山温泉]]、[[温湯温泉 (青森県)|温湯温泉]]など一部に残るのみである。