「三島由紀夫」の版間の差分

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'''三島 由紀夫'''(みしま ゆきお、本名:平岡 公威(ひらおか きみたけ)、[[1925年]]([[大正]]14年)[[1月14日]] - [[1970年]]([[昭和]]45年)[[11月25日]])は、[[日本]]の[[小説家]]・[[劇作家]]・[[随筆家]]・[[評論家]]・[[政治活動家]]・[[皇国史観|皇国]]主義者。[[ABO式血液型|血液型]]はA型<ref>[[斎藤銀次郎]]教授「[[慶応大学病院]][[法医学]]部 解剖所見」(1970年11月26日)。{{Harvnb|日録|1996|p=423}} </ref><ref name="s-nen1">「第一章」({{Harvnb|年表|1990|pp=9-30}})</ref>。戦後の[[日本文学]]界を代表する作家の一人であると同時に、[[ノーベル文学賞]]候補になるなど、日本語の枠を超え、海外においても広く認められた小説家である<ref name="radio1">「第一回 三島由紀夫の誕生」({{Harvnb|松本徹|2010|pp=8-20}})</ref><ref name="gai14">「十四 ノーベル文学賞の有力候補」({{Harvnb|岡山|2014|pp=83-84}})</ref><ref name="matsunaga">[[松永尚三]]「ヨーロッパ・フランス語圏における三島劇」({{Harvnb|論集III|2001|pp=215-228}})</ref>。『[[エスクァイア|Esquire]]』誌の「世界の百人」に選ばれた初の日本人で、国際放送されたテレビ番組に初めて出演した日本人でもある<ref name="kee-m">「三島由紀夫」({{Harvnb|キーン|2005|pp=70-95}})</ref>。
 
[[満年齢]]と昭和の年数が一致し、その人生の節目や活躍が昭和時代の日本の興廃や盛衰の歴史的出来事と相まっているため、「昭和」と生涯を共にし、その時代の持つ問題点を鋭く照らした人物として語られることが多い<ref name="hitoto">[[佐伯彰一]]「三島由紀夫 人と作品」([[新潮文庫]]版『[[仮面の告白]]』『[[潮騒 (小説)|潮騒]]』『[[金閣寺 (小説)|金閣寺]]』解説、1973年12月執筆)</ref><ref name="okuno1">「不思議な共感」「三島由紀夫の生まれ育った時代」({{Harvnb|奥野|2000|pp=9-34}})</ref><ref>「はじめに」({{Harvnb|年表|1990|pp=7-8}})</ref>。
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