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'''辻井 昭雄'''(つじい あきお、[[1932年]]([[昭和]]7年)[[12月19日]] - )は、[[日本]]の[[実業家]]。[[近畿日本鉄道]][[相談役]](前[[会長]]、前々[[社長]])。 
 
== 来歴・人物 ==
[[大阪府]]出身。[[大阪府立八尾高等学校|旧制大阪府立八尾中学校]]入学、戦後の[[学制改革]]時に[[大阪府立山本高等学校]]に転校し卒業。[[京都大学]][[大学院経済学研究科・経済学部|京都大学経済学部]]卒業後、[[1956年]]に近畿日本鉄道へ入社。[[1989年]]に[[取締役]]、[[1999年]]に[[社長]]に就任し、[[2003年]]より会長を務める。[[2007年]]6月の[[株主総会]]後の取締役会をもって、[[相談役]]に退いた。
 
近畿日本鉄道社長時代には、[[近鉄グループ]]の再編に着手、経営悪化していた関連会社・施設の閉鎖や売却、解散などを行い、後任の[[山口昌紀]]の代まで引き続き、グループのスリム化を押し進め(社長を務めた4年間は赤字決算)後に[[大阪近鉄バファローズ]]と[[オリックス・バファローズ|オリックス・ブルーウェーブ]]が合併してオリックス・バファローズを誕生させる遠因を作った。なお、大阪近鉄バファローズのオーナーにはなっていない。
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