「越智氏」の版間の差分

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|画像 =
|氏姓 = 越智[[宿禰]]
|始祖 = [[越智小千王]]?<br/>([[孝霊天皇]]の第3[[皇子]][[伊予皇子]]の第3[[王子]])<br/>[[物部氏|物部姓]]?<ref>物部の一族である小致命(子到命=おちのみこと)が小市国造(おちのくにのみやつこ)に任命されて、越智郡を支配して直(あたえ)姓を称した。[[835年]]([[承和 (日本)|承和]]2年)11月に、その子孫の越智広成が直から宿禰姓を賜ったと述べている(『[[先代旧事本紀|旧事本紀]]』)。</ref>{{Sfn|丹羽|1970|p=355}}
|出自 =
|氏祖 =
|氏祖 = [[越智益躬]]([[小市益躬]]([[紀益躬]]))
|種別 = [[皇別]]?<br/>[[神別]]?
|本貫 = [[伊予国]][[越智郷]]
__TOC__
{{clear}}
 
== 概要 ==
越智氏は越智郷(現在の[[今治市]]国分付近)が出自とされる。[[5世紀]]後半に近畿政権の[[国造|国造制]]により、現在の愛媛中東部に五国造が行なわれ、地域の支配者が任じられた。そのうちひとつである[[物部氏]]の一族「物部大新河」の孫「小市国造小致」が越智氏の始まりとされている(『[[国造本紀]]』)。
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