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'''イズミット'''('''İzmit''')は、[[トルコ]]の都市。[[コジャエリ県]]の県都。人口は約21万人(1996年)。古代においては'''[[ニコメディア]]'''と称された。1999年にイズミットを中心にM7.4の大[[地震]]([[イズミット地震 (1999年)|イズミット地震]])が発生して多くの犠牲者がでた。
 
==地勢・産業==
 
==歴史==
{{see also|ニコメディア}}
前8世紀ころ、既に都市が建設されていた。前3世紀、[[ビテュニア|ビティニア王国]]の[[ニコメデス1世]]によって再興し、ニコメディアと称された。3世紀後半、専制君主政を創始したローマ皇帝[[ディオクレティアヌス]]は、帝国を4つに分けて統治する政策をとった。この際、ニコメディアは東方正帝(ディオクレティアヌス)の支配拠点となり、[[コンスタンティヌス1世]]と争った[[リキニウス]]などが統治した。[[324年]]にリキニウスがコンスタンティヌス1世に敗れるまで、ニコメディアは[[ローマ帝国]]の東の都であった。コンスタンティヌスは[[330年]]にビザンチウム近郊に新ローマ([[コンスタンティノープル]])の創設を宣言したが、コンスタンティノープルが設立されるまでの6年間はニコメディアに住んだ。[[337年]]コンスタンティヌスは、ニコメディア近郊の別荘で亡くなった。