「朝青龍明徳」の版間の差分

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[[2001年]]1月場所に新入幕。千秋楽の[[和歌乃山洋|和歌乃山]]戦に勝つという条件付きで[[敢闘賞]]候補に挙がったものの、これに敗れて9勝6敗となって受賞を逃した。番付運に恵まれて一気に6枚半上昇した翌3月場所も同様に千秋楽に勝利を挙げるという条件付きで敢闘賞候補に入ったものの[[出島武春|出島]]に押し出されてまたしても9勝6敗に終わり、受賞を逃した。東の6枚目で9勝という成績ながら、番付運に恵まれて入幕3場所目の5月場所は新[[小結]]に昇進し、初日に初めて招待した両親が見守る中で、横綱武蔵丸を下手投げで降して白星を挙げた。のち現役引退時の会見では一番嬉しかったこととして、この一番をあげていた<ref>[http://www.jiji.com/jc/v2?id=20100204asasyou_14 引退会見一問一答]時事通信2010年2月4日</ref>。3日目には[[貴乃花光司|貴乃花]]と初対戦したが、立合いの圧力で負けて大きく押し込まれ、突っ張りで反撃するも全く通じず一方的に押し出された。この場所は結局8勝7敗で場所を終えたものの[[武蔵丸光洋|武蔵丸]]の他に4[[大関]]([[武双山正士|武双山]]・[[魁皇博之|魁皇]]・千代大海・出島)から初勝利をあげ、新入幕以来3場所連続で三賞候補に入ったその期待に応える形で初三賞(殊勲賞)を獲得。なお千秋楽白星は十両昇進以降この場所が初めてであり、千秋楽にまた負けるかもしれないというプレッシャーやそれを乗り越えた喜びなどをインタビュールームで明かしていた<ref name="sansho">『相撲』2012年1月号91ページから92ページ</ref>。東小結に昇格した翌7月場所は大関以上の相手に全敗し、再び7勝7敗で迎えた千秋楽でも負けて関取昇進後初の負け越しを経験。しかし翌場所から[[横綱]]昇進まで一度も負け越すことなく番付を上げ続けた。
 
このように確実に上位の力は身につけており幕内昇進後引退するまで取組での通算の[[決まり手]]数は41種を数えた多彩な技と<ref>http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/sports/sumo/349180/ 「業師だな」朝青龍ニヤリ、集中力欠く白鵬] iza 2010年1月22日</ref>5月場所の[[安芸乃島勝巳|安芸乃島]]戦から、[[2009年]]9月場所まで初顔合わせの相手に34連勝した初顔の相手への強さ<ref>歴代1位。2位は北の湖の24連勝。</ref>などもあり取りこぼす要素が少なく、[[トレーニングジム|ジム]]での[[筋力トレーニング]]を積極的に取り入れる<ref>[[上腕二頭筋]]を用いて[[ダンベル]]を持ち上げるダンベルカールでは、片腕で52.5kgを持ち上げる。2007年1月、サンケイスポーツより。</ref>など独自の調整も功を奏し、[[2002年]]1月場所にてモンゴル出身の力士で初の[[関脇]]昇進を果たし、その場所で8勝7敗と勝ち越すと二場所連続で11勝4敗の成績を挙げ、大関捕りとなった7月場所は終盤まで優勝を争い12勝3敗の好成績を挙げ、場所後にモンゴル出身の力士として初めて大関に昇進した<ref name="100retsu"/>。入幕から所要10場所での大関昇進であった<ref name="takasagoo29"/>。21歳9か月での大関昇進は当時3位の年少記録だが、後に白鵬(21歳0ヶ月)に破られている<ref>[https://www.jiji.com/jc/article?k=2019032700317&g=spo 貴景勝が大関昇進=初土俵から所要28場所-大相撲] JIJI.COM 2019年03月27日10時24分(時事通信社、2019年4月17日閲覧)</ref>。
 
新大関の場所となる2002年9月場所には11日目まで9勝1敗と優勝争いの先頭を走り、この場所が長期休場明けであった2敗の[[貴乃花光司|貴乃花]]と結び前で対戦。対戦前にはインタビューした[[刈屋富士雄]]アナウンサーに「(前回の対戦で一方的に負けているだけに)何としても今日はいい相撲で勝ちたい」とコメントしたが、結果的に及ばず、立合いから強烈なのど輪押しで攻め、貴乃花の逆襲を凌ぎ投げで崩して攻め立てるもまわしを取られて前に出てこられ、[[外掛け]]で崩しつつ前に出ようとするところを[[上手投げ]]で土俵正面に投げつけられて敗北した。この日中入り後解説を務めた同じ高砂一門の先輩横綱である[[曙太郎|曙]](第64代横綱)は「二人に拍手を送りたい」と言ったほどの好取組であったが、取組前のインタビューで「自分にとって非常に大事な一番」と位置付けていた朝青龍の悔しがり方は尋常ではなく、花道を引き上げる際に「畜生!」と大きな声で叫ぶ姿が[[日本放送協会|NHK]]の[[大相撲中継]]で放送され、取り組み後のインタビューで「ケガした足を蹴ればよかった」と語るなど物議を醸した。しかしこれが朝青龍と貴乃花の最後の取組となり、貴乃花は翌11月場所を全休、[[2003年]]1月場所の8日目限りで現役引退。結局朝青龍は貴乃花に2戦2敗と、一度も勝つことが出来なかった<ref name="osu"/><ref name="100retsu"/>。