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{{出典の明記|date=2019年4月}}
'''安徽派'''(あんきは、'''皖系'''とも)は、[[袁世凱]]の[[北洋軍閥]]の分派の1つである。主要人物としては袁世凱の武将であった[[段祺瑞]]がいる。
 
=== 安直戦争 ===
{{main|安直戦争}}
政権を掌握した安徽派は日本からの借款を通じて国力の増進に努めたが、[[五四運動]]などの[[抗]]運動感情の高まりと共に国内の支持率は低下していった。これを好機と見たのは直隷派である。[[1920年]]7月、直隷派はイギリス・アメリカの支援を受けて、仇敵である奉天派と連合して兵を起こす。これが[[安直戦争]](直皖戦争)である。安徽派は段祺瑞の副将格である[[徐樹錚]]を派遣するがこれに大敗し、1920年7月19日に段祺瑞は国務総理を辞任する。
 
安直戦争の敗戦で段祺瑞、徐樹錚、盧永祥、段芝貴ら安徽派の主要メンバーは皆失脚し、事実上この時に安徽派は崩壊する。後にこの時の直隷派政権が崩壊すると、[[1924年]]11月23日から[[1926年]]4月20日まで一時的に段祺瑞が大総統相当職である臨時執政に就任しているが、あくまで軍閥のバランス上にあっての就任であり、すでに単独で政権を担えるだけの力は持っていなかった。