「札沼線」の版間の差分

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これを受け国鉄北海道総局では[[1971年]](昭和46年)[[8月2日]]に新十津川駅 - 石狩沼田駅間沿線4町([[新十津川町]]・[[雨竜町]]・[[北竜町]]・[[沼田町]])に廃止を提案し、管轄する旭川鉄道管理局と併せて沿線住民と800回にのぼる話し合いをおこなった<ref name="KotsuGijutsu326_133" />。これにより、[[1972年]](昭和47年)[[3月16日]]の沼田町を最後に沿線4町は廃止に同意した<ref name="KotsuGijutsu326_133" />。その後、同年[[3月23日]]に旭川鉄道管理局から国鉄本社に廃止が上申され、[[6月18日]]の運転をもって新十津川駅 - 石狩沼田駅間 の運輸営業が廃止された<ref name="tanaka1 130-131" /><ref group="JR" name="jrhokkaido-press-20090909-2" />。
 
「赤字83線」の廃止は道内では[[根北線]]に次ぐ2番目(当取り組みと無関係の[[胆振線#支線|胆振線脇方支線]]の廃止を含めると赤字ローカル線の廃止は3番目)であり、廃止区間延長34.9kmは「赤字83線」における1路線区間の廃止距離としては全国で最長であった<ref name="KotsuGijutsu326_133" />。また、この廃止を最後に「赤字83線」の取り組みそれ自体による指定線区の国鉄路線の廃止は終了しこの区間が最後となった。
 
=== 廃止区間の状況 ===