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== 分類 ==
乾麺については小麦粉に[[食塩]]と[[水]]を混ぜてよく練り、[[綿実油]]などの食用油、もしくは小麦粉や[[でんデンプン|澱粉]]を塗ってから、よりをかけながら引き延ばして乾燥、熟成させる製法で『[[#手延べ干しめんの日本農林規格|手延べ干しめんの日本農林規格]]』を満たしたものについては「'''手延素麺'''(てのべそうめん)」に分類される。近年では手延べそうめん素麺も大幅に機械化が進んでいる<ref>[http://www.citydo.com/soumen/the03.html 手延べそうめんの製法] [[サイネックス|CityDO!]] そうめん特集</ref><ref>[http://www.agri-ch.net/page/5518.html 工場見学「手延べそうめん」] あぐりちゃんねる([[食品産業センター]])</ref>。小麦粉に[[食塩]]と水を混ぜてよく練った生地を帯状に細く切って乾燥させる製法のもので機械にて製造しているものは「'''機械素麺'''(きかいそうめん)」に分類される。
 
[[日本農林規格]](JAS規格)の『[[#乾めん類品質表示基準|乾めん類品質表示基準]]』では、機械麺の場合、素麺の麺の太さは直径1.3mm未満とされている。これより太い直径1.3mm以上1.7mm未満は[[ひやむぎ]](冷麦)、1.7mm以上は[[うどん]](饂飩)と分類される。手延麺の場合は、素麺もひやむぎも同基準であり、めん線を引き延ばす行為のすべてを手作業により行っているなどの条件を満たしたものが、太さに合わせて、それぞれ「手延べ素麺」、「手延べひやむぎ」、「手延べうどん」とされる。
 
乾麺のものは保存性はよいが、他の麺に比べて[[タバコシバンムシ]]などの[[虫害|虫がつき]]やすく、保存には注意が必要である。長期間保存され油分が抜けるとサラサラとした口当たりになり食味が増すとして、虫がつくほど保存したとの意味で「虫つき素麺」と称し珍重される場合もある。これについては、素麺の油分が長期保存によって酸化され、むしろ風味を損なう{{要出典範囲|とする意見もある|date=2017年11月20日 (月) 14:45 (UTC)}}。
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=== 節麺(バチ) ===
[[節麺]](ふしめん)は素麺を作る際の[[副産物]]で、棒で延ばすときに棒にかかる曲線部分を切り分けたものをいう。直線部分が正規の商品である素麺となる。節麺は、素麺節(そうめんふし)、[[切り落とし]]と呼ぶ地域もある。[[兵庫県]]では、その形が[[三味線]]の[[バチ]]に似ている事から「バチ」と言い、広く親しまれている。[[神戸市]]では、バチを[[吸い物]]にいれた「バチ汁」が[[給食]]として出されている。材料は素麺と同じであるが、幅があり、曲がりの部分は[[パスタ]]の[[コンキリエ]]に少し似たような立体をしているので、[[JAS規格]]の素麺には当たらない。太さがあるので、ゆでても[[塩分]]が残り、食感も違うので、素麺とは違う風味がある。鍋料理と煮込んだり、[[みそ汁]]の具にするなどの使い方が多い。
 
== 食べ方 ==
== 食べ方 ==
=== 冷やし ===
湯を沸かしてでてから、氷水や流水で冷し、ぬめりを取るためのみ洗いをした後、めんつゆにつけて食べるのが最も一般的である。後述の熱いツユで食べる「にゅうめん」に対して「冷やしそうめん」、「冷やそうめん(ひやそうめん)」と呼称されることもある。でる水には塩を入れない。これは麺に含まれる塩分を出すためである。吹きこぼれそうになった際に[[差し水]](あるいはびっくり水)と呼ばれる冷水を入れるかどうかは意見が分かれる。麺が細いので他の味が移りやすいため、茹で上がったらできるだけよい水で洗い、手油を避ける必要がある。
 
冷やしそうめん素麺は日本の夏季の麺料理の代表格であり、夏季には各[[醤油]]メーカーや食品メーカーから、「そうめん素麺つゆ」と呼ばれる調味済みのめんつゆが販売される。そうめんつゆは醤油、[[出汁]]、[[みりん]]あるいは[[砂糖]]などからなる甘辛いもので、食べる前日に作るのがよいとされる。また、[[そばつゆ]]よりは砂糖やみりんが多く添加され、甘味が勝るものが多い。出汁の材料は地域によってさまざまだが、[[鰹節]]、干しエビ、干し椎茸などが一般的である。ごまだれをめんつゆに入れたりつけ汁として用いる場合もある。付け合わせに煮込んだ[[シイタケ]]、[[茄子]]、[[錦糸卵]]、[[トマト]]、[[蒲鉾]]、[[海老]]、[[缶詰]]の[[ミカン|みかん]]等がつく場合もある。[[関西地方]]では[[冷やし中華]](冷麺)のように[[ハム]]、[[キュウリ]]なども添えるのが一般的。[[薬味]]としては、刻み[[ネギ|葱]]、おろし[[ショウガ|生姜]]、[[ゴマ|胡麻]]、[[ミョウガ]]、[[サンショウ|山椒]]、[[海苔]]、鰹節、[[大葉]]、おろし[[ワサビ|山葵]]などが用いられる。
 
[[ファイル:Soumen kansai.jpg|200px|right|thumb|関西の素麺(ぶっかけ素麺)の一例]]
そうめん素麺つゆの一例
* 材料(完成量200cc強)
** 醤油 - 50cc
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** 削り節 - 適量(1カップ程度)
* 作り方
# 醤油とみりんを加えひと煮立ちさせてアルコール分を蒸発させてから、水と削り節を加える。
# 再度[[沸騰]]したら、すぐに火を止め、冷まして完成。
 
醤油:みりん:水の比率=1:1:4に配合することで、一般的なそうめん素麺つゆに向いた適度な辛さのつゆとなる。辛さや甘味は好みによって調整するとよい。地域によってはさらに甘辛いつゆが好まれることもある。
 
==== 流し素麺 ====
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竹製の[[樋 (建築)|樋(とい)]]を使って素麺を流し、箸で捕まえてめんつゆ等に付けて食べる。夏の風物詩とされている。[[宮崎県]]の[[高千穂峡]]([[1959年]]創業)が商業化として発祥であるとされる。
 
* [[千葉ロッテマリーンズ|ロッテオリオンズ]]本拠地時代の[[川崎球場]]では、観客の少なさを逆手にとり、道具と素麺を自主的に持ち込み流しそうめん素麺を行ったことがあり、テレビ番組の『[[プロ野球珍プレー・好プレー大賞]]』等で紹介されて一躍有名となった<ref>なお、2005年(平成17年)に定められた「試合観戦契約約款」の第8条により現在ではこれらの行為は全て禁止され、場合によっては退場処分となる。</ref>。
* 最長記録
** 2016年8月27日、[[御所市|奈良県御所市]]において全長3,317.7mのそうめん流し素麺に成功し世界記録を更新した([[ギネス世界記録]]認定)<ref name="article/104047">{{Cite news|title=流しそうめん、ギネス記録 奈良で3317メートル 愛媛では未公認で3.5キロ|newspaper=[[産経新聞]]|date=2016-08-27|url=http://www.sankei.com/west/news/160827/wst1608270072-n1.html|accessdate=2017-01-30}}</ref>。
* 最速記録
** 2012年に設立された[http://nagashisoumen.com/ 世界流しそうめん協会]は2013年7月11日、京都駅の階段で25メートルのそうめん台を設置、高圧洗濯機を用いてそうめん素麺の流れるスピードが最速で時速30キロメートル以上に及ぶ流しそうめん素麺国内最速(ひいては世界最速)記録を樹立した。ただしギネスに申請しておらず、ギネス世界記録に認定されなかった<ref>[[ウォール・ストリート・ジャーナル]]日本リアルタイム「[http://realtime.wsj.com/japan/2013/07/12/%E4%B8%96%E7%95%8C%E6%B5%81%E3%81%97%E3%81%9D%E3%81%86%E3%82%81%E3%82%93%E5%8D%94%E4%BC%9A%E3%80%81%E6%9C%80%E9%80%9F%E8%A8%98%E9%8C%B2%E3%82%92%E9%81%94%E6%88%90/ 世界流しそうめん協会、最速記録を達成]2013年7月12日</ref>。
 
なお、「流し[[そば]]」「流し[[うどん]]」もある。
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==== そうめん流し ====
[[ファイル:Soumen Nagashi in Kamikawa.JPG|thumb|200px|鹿児島県では一般的な回転式のそうめん流し]]
鹿児島県や宮崎県の一部では「'''そうめん流し'''」と言う。一般的に「そうめん流し機」と呼ばれる回転式の装置があり、円卓テーブル上で円環する樋に素麺を流して箸ですくい食べる形式である。この装置によるそうめん流しは[[鹿児島県]][[指宿市]][[唐船峡]]の唐船峡そうめん流し([[1962年]]創業)が発祥である。現在では鹿児島県内各地にそうめん流し機を用いた観光施設が多数存在する。
 
そうめん流し素麺自体は商業化以前から鹿児島で行われていたとされるが、古い記録では以下のものがある。
 
天保年間に書かれた「鹿児島風流(ぶり)」という旅行記には「夏は素麺流しとして、水上より素麺を流し、下にてすくい食う。石の上の酒宴、甚だ興あり。最も紅葉の名所なり。」と書かれている。
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=== にゅうめん ===
[[ファイル:Nyumen w Shrimp.JPG|200px|right|thumb|にゅうめん]]
で上げた麺に熱いつゆをかけて、あるいはつゆ、出汁、味噌汁などで煮込んで食べるもの。「煮麺」が訛ったものとされるが、異説もある。にゅうめんをよく食べる地域では、冷たいものを「冷や素麺」と区別して呼ぶ場合もある。[[中華料理]]風にすることも可能で、揚げたそうめん素麺を用いると風味が変わる。
 
; 吸い物:そうめんは[[吸い物]]や[[味噌汁]]の具としても用いられる。普通のそうめんだけでなく、前述の「バチ」が入れられることもある。これは「バチ汁」と呼ばれる。汁が主のため、にゅうめんのようには多く入れず、器も小さいものを用いる。
 
=== 各地の素麺料理 ===
[[ファイル:Taisoumen3935.JPG|200px|right|thumb|[[鯛麺|鯛そうめん]]]]
; [[焼鯖素麺]]:[[滋賀県]][[長浜市]]周辺で食べられる[[ハレとケ|ハレ]]の料理で、鯖素麺ともいう。焼き[[サバ|鯖]]をほぐして煮直してから和える。そうめんは鯖の煮汁で煮る。
; [[鯛麺|鯛素麺]]:鯛素麺は[[瀬戸内地方]]や[[壱岐島|壱岐]]などで食べられるハレの料理で、冷やしたそうめんに[[鯛|タイ]]の煮物を添える。かけ汁の場合と付け汁の場合がある。
[[ファイル:Somen chanpuru (Okinawan fried somen).jpg|200px|right|thumb|ソーミンタシヤー]]
; ソーミン[[チャンプルー]]:[[沖縄県]]の料理。固めに茹でた素麺を油でほぐし、[[ネギ]]や[[ニラ]]、[[ツナ缶]]、[[ベーコン]]などの具とともに炒めたもの。ソーミンタシヤー、またはソーミンプットゥルーと呼ばれる。[[鹿児島県]]の[[奄美地方]]にも、[[油そうめん]]という類似の料理がある。
; 喜屋武そうめん:[[沖縄県]][[南風原町]]喜屋武の祝膳料理。茹でた素麺に豚肉と鰹から取っただしを吸わせて食べる。
 
=== その他 ===
他の食べ方については、下記のような例がある。
* 料理の飾りとして、素麺を乾燥したままで揚げて使う場合がある。なお、揚げてから煮ると、[[中華人民共和国|中国]][[広州市|広州]]の伊府麺(全蛋麺、台湾では意麺とよぶ)のような風味を楽しむことができる。
; [[カノムチーン]]:[[タイ料理]]で魚の[[カレー]]などを和えて食べるもの。日本では手に入りづらい細い[[ライスヌードル]]の代用として[[ビーフン]]や素麺が使われる事が多い。
; [[ブンチャー]]:[[ベトナム料理]]で、野菜とともに甘辛いたれで食べるもの。これもライスヌードルのブンの代用にされることがある。
 
=== にゅうめん ===
[[ファイル:Nyumen w Shrimp.JPG|200px|right|thumb|にゅうめん]]
ゆで上げた麺に熱いつゆをかけて、あるいはつゆ、出汁、味噌汁などで煮込んで食べるもの。「煮麺」が訛ったものとされるが、異説もある。にゅうめんをよく食べる地域では、冷たいものを「冷や素麺」と区別して呼ぶ場合もある。[[中華料理]]風にすることも可能で、揚げたそうめんを用いると風味が変わる。
 
; 吸い物:そうめん素麺は[[吸い物]]や[[味噌汁]]の具としても用いられる。普通のそうめん素麺だけでなく、前述の「バチ」が入れられることもある。これは「バチ汁」と呼ばれる。汁が主のため、にゅうめんのようには多く入れず、器も小さいものを用いる。
 
=== 各地の素麺料理 ===
[[ファイル:Taisoumen3935.JPG|200px|right|thumb|[[鯛麺|鯛そうめん]]]]
; [[焼鯖素麺]]:[[滋賀県]][[長浜市]]周辺で食べられる[[ハレとケ|ハレ]]の料理で、鯖素麺ともいう。焼き[[サバ|鯖]]をほぐして煮直してから和える。そうめん素麺は鯖の煮汁で煮る。
; [[鯛麺|鯛素麺]]:鯛素麺は[[瀬戸内地方]]や[[壱岐島|壱岐]]などで食べられるハレの料理で、冷やしたそうめん素麺に[[鯛|タイ]]の煮物を添える。かけ汁の場合と付け汁の場合がある。
[[ファイル:Somen chanpuru (Okinawan fried somen).jpg|200px|right|thumb|ソーミンタシヤー]]
; ソーミン[[チャンプルー]]:[[沖縄県]]の料理。固めに茹でた素麺を油でほぐし、[[ネギ]]や[[ニラ]]、[[ツナ缶]]、[[ベーコン]]などの具とともに炒めたもの。ソーミンタシヤー、またはソーミンプットゥルーと呼ばれる。[[鹿児島県]]の[[奄美地方]]にも、[[油そうめん]]という類似の料理がある。
; 喜屋武そうめん:[[沖縄県]][[南風原町]]喜屋武の祝膳料理。茹でた素麺に豚肉と鰹から取っただし出汁を吸わせて食べる。
 
=== その他 ===
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== 歴史 ==
古代[[中国]]の[[後漢]]の『[[釈名]]』や[[唐]]の文献に度々出てくる「索餅」が日本に伝わったものとする説が有力である。その他の説として、南北朝時代に[[元 (王朝)|元]]から禅僧の往来や貿易によって「索麺」が伝えられたものという説がある<ref name="dantai1" />
その他の説として、南北朝時代に[[元 (王朝)|元]]から禅僧の往来や貿易によって「索麺」が伝えられたものという説がある<ref name="dantai1" />。
 
=== 索餅の伝来 ===
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===索麺、素麺への変化===
* [[室町時代]]には現在の形になったとされ、「索餅」「索麺」「素麺」の名称が混じって用いられた。「そうめん」が初めて記録されるのは素麺の初見は康永2年(1343(1343)[[八坂神社]]の『祇園執行日記』で「丹波素麺公事免除」と記述、さらに奈良の[[法隆寺]]の『嘉元記』正平7年(1352(1352)5)5月10日条に、[[僧兵]]の快賢の[[南北朝]]の合戦に参加した恩賞の宴に「サウメマ」が振舞われていて、このころ「素麺」の名称が定着したとされる{{Sfn|奥村彪生|2009|p=174}}。
* 奈良時代から南北朝時代には形状が不明であった索餅がこの時代を境に形状が解明されてきているが、索麺はそれまでの索餅と形状も名称も似ているため、言葉の混用が起きたと考えられている<ref name="dantai1" />。
* 中国では日本よりもはるかに早く、[[北宋]]時代に「索麺」の表記が出ている。[[南宋]]時代末期から元初期頃の『居家必要事類全集』という百科全書に出ている索麺の作り方には「表面に油を塗りながら延ばしていくことで、最後に棒に掛けてさらに細くする」等といった日本の手延素麺の製法と酷似した特徴が書いてある<ref name="dantai1" />。
* 室町時代は、茄でて洗ってから蒸して温める食べ方が主流で、「蒸麦」や「熱蒸」とも呼ばれた。この時代の文献には、「梶の葉に盛った索麺は七夕の風流」という文章も残されている。また、この時代の宮廷の女房詞では、素麺を「ぞろ」と呼んでいた<ref name="dantai1" />。
* [[江戸時代]]には、[[七夕]](七姐節)にそうめんを[[供物|供え物]]とする習俗が広まっていった。これは、細く長いそうめんを糸に見立てて裁縫の上達を祈願したものである<ref name="dantai1" />。
* [[寺島良安]]の『[[和漢三才図会]]』(1712)(1712年)では索餅を「さふめん」と読み、「俗に素麺ともいう」としており、江戸時代初期の儒学者[[林羅山]]も同様の認識を示している。また、江戸末期の記録者[[斎藤月岑]]が『東都歳時記』(1838)(1838年)の中で「家々冷索麺を饗す」と記しているように、江戸末期まで「そうめん」の表記は混乱が見られる<ref>鈴木晋一 『たべもの史話』 小学館ライブラリー、1999年、pp122-126</ref>。
 
== 日本国内の素麺産地 ==
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<!--- 都道府県コード順 --->
=== 東北地方 ===
; 卵麺:[[岩手県]][[盛岡市]]および[[奥州市]]一帯。[[卵黄]]と小麦粉を混ぜて麺を延ばす黄色い素麺。水分をあまり含まないため伸びにくい。
; 白石[[温麺]]:[[宮城県]][[白石市]]。長さ10センチメートル程度の短い麺で、稲庭素麺と同じく製造に油は用いない。
; 稲庭素麺:[[秋田県]][[湯沢市]][[稲庭町]]。[[稲庭うどん]]と同じ製法で作られる[[寒ざらし]]の手延べ素麺。油は用いないのが特徴。
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=== 中部地方 ===
; [[大門素麺]]:[[富山県]][[砺波市]]。延ばす際に油を用いないのが特徴で、一般的なまっすぐの束ではなく丸髷状になっている<ref name="nissyoku-2004-5-31-76A">“全国麺類特集:富山・砺波の名産品「大門素麺」、150年の歴史と文化”. [[日本食糧新聞]](日本食糧新聞社). (2004年5月31日)</ref>。
; 和泉素麺:[[愛知県]][[安城市]]。麺が乾燥する前に手で伸ばして生麺状態に戻す"半生もどし"という独特の製法(素麺以外では比較的よく用いられる)で知られ、コシが強い。また、他産地の素麺はだいたい冬場の寒風に晒して干すのが一般的だが、この半生もどし麺は主に夏場に作られ、[[三河湾]]から吹き付ける湿った風を利用する。麺の長さは2メートル近くもあり、一丈麺と称する。
; [[大矢知素麺]]:[[三重県]][[四日市市]]大矢知地区で[[冷や麦]]の産地として知られるが、江戸時代から続く素麺産地でもある。ミネラルに富む[[朝明川]]の水と[[鈴鹿山脈]]の颪(おろし)によって麺作りに適した気候となっている。
 
=== 近畿地方 ===
; 播州素麺:主産地は[[兵庫県]][[たつの市]]、[[宍粟市]]、[[姫路市]]など。2008年(平成20年)現在、日本国内1位の生産高を誇る。[[播磨国|播磨]]地方の良質の小麦、[[揖保川]]の清流、赤穂の塩など原料に恵まれていたことから素麺作りが盛んになった{{誰範囲2|と言われる|date=2017年11月20日 (月) 14:45 (UTC)}}。江戸時代の上方では、[[摂津国]]の灘素麺に後塵を拝していた。しかし、近代になって市街化が進んだことによって灘が急速に衰退。それに伴って灘の職人が播州に出稼ぎに出て技術を伝えたことで、品質が向上した{{誰範囲2|とも言われる|date=2017年11月20日 (月) 14:45 (UTC)}}(ブランドの詳細などは[[揖保乃糸]]を参照)。
; 淡路素麺:[[兵庫県]][[南あわじ市]](旧[[南淡町]])。[[19世紀]]前半に漁師の冬の副業として広まり、最盛期には140軒の製麺業者があった。他の産地におされて衰退し、2010年(平成22年)には17軒だけとなっている。寒冷な季節に、昔ながらの製法で大量生産せず、2日行程で生産している。太さによって、淡路糸、御陵糸、おのころ糸の商品名がある。技法を生かしたご当地グルメとして、[[淡路島ぬーどる]]が開発された<ref>「[http://osaka.yomiuri.co.jp/re-eco/news/20100409-OYO8T00482.htm 独自"食"「淡路島ぬーどる」、33店がオリジナルメニュー…手延べめん、玉ネギ必須]」 [[読売新聞]]関西版 2010年4月9日</ref>。
; [[三輪素麺]]:[[奈良県]][[桜井市]]三輪地区。最も素麺作りの歴史が長く、全国に分布する素麺産地の源流はほとんどが三輪からであり、古く素麺の相場は三輪で決められていた(その当時から生産量は少なく、主に島原から買い上げていた。この傾向は[[産地偽装]]問題が発覚する2000年(平成12年)頃まで続き、その当時では三輪素麺の7割は島原産であった)。現在でも島原など他県からの[[OEM]]による場合があるが、その場合は「三輪素麺」の名を冠しなくなっている(詳細は[[三輪素麺]]を参照)。かつては[[綿花]]の産地に近かったため、[[綿実油]]を使って延ばすのが特徴である。
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=== 四国地方 ===
; [[半田素麺]]:[[徳島県]][[つるぎ町]](旧[[半田町 (徳島県)|半田町]])が産地。起源は諸説があるが、[[天保]]時代に[[吉野川 (代表的なトピック)|吉野川]]の船頭が、家族の自給用や副業として始めた説が有力である。[[宝暦]]4年([[1754年]])に書かれた『[[日本山海名物図会]]』には、この素麺に関する記述がある。他の素麺より太いのが特徴で、それにより過去には素麺とは別の名を付けられそうになった時期がある(現在は『乾めん類品質表示基準』が改定された事により基準上も正式に「手延べ素麺」となった)。
; 小豆島手延べ素麺:[[小豆島]]([[香川県]][[土庄町]]や[[小豆島町]])が産地。酸化しにくい[[ごま油|胡麻油]]を使って延ばす。島の光、瀬戸の風などのブランドがある。
; [[五色素麺]]:[[愛媛県]][[松山市]]。伊予節にも歌われた名物。白に加え、赤(梅肉)、緑(抹茶)、黄(鶏卵)、茶色(そば粉)の五色が彩りを添える。
 
=== 九州地方 ===
; 神埼素麺:[[佐賀県]][[神埼市]]。生産量は多い(機械麺において日本国内3位<ref name="kanzaki">[http://www.citydo.com/soumen/men/men_a1.html#kanzaki 神崎そうめん(佐賀県)] [[サイネックス|CityDO!]] そうめん特集</ref>)。機械製麺の発祥地で、[[真崎照郷]]が[[明治]]7年([[1874年]])、素麺の製麺を手延べから機械化する事を思い立ち鉄工場を始め<ref>[http://d-arch.ide.go.jp/je_archive/society/wp_unu_jpn52.html 電気灌漑事業と地域社会] JETRO([[日本貿易振興機構]])</ref>、明治16年([[1883年]])に製麺機を発明<ref name="habataku">[http://www.citydo.com/soumen/his06.html 未来へ羽ばたくそうめん] [[サイネックス|CityDO!]] そうめん特集</ref>(明治13年([[1880年]])発明との話もある<ref>平成18年([[2006年]])[[5月26日]]放送『[[未来創造堂]]』(日本テレビ系)「[[未来創造堂#シアター創造堂|シアター創造堂]]/第8回:製麺機・眞崎照郷」より。</ref>)した事に伴いそれ以降は機械製麺が発展し<ref name="kanzaki"/><ref name="habataku"/>、それにこだわりを持つ職人も少なくない<ref>[http://www.pref.saga.lg.jp/at-contents/kenseijoho/koho/zanza/41/01.html 季刊佐賀公式WEB ZANZA記事より]</ref>。独特のコシの強さで知られ、冷して食するほか、温めて食べる「にゅうめん」でも有名。2006年、[[商標法]]に基づく[[地域団体商標]]([[地域ブランド]])として県内初登録。
; 島原素麺:[[長崎県]][[南島原市]]などが産地。全国で2番目の生産量である。発祥については諸説ある<ref>[http://www.shimabara-soumen.com/category/1572537.html 島原そうめんの歴史]</ref>が、[[島原の乱]]で人口が激減したため、幕府の政策で、四国から移住させられた人々(公儀百姓)の素麺づくりが始まり(小豆島伝来説 / 乱後移民伝来説)と、中国伝来説などがある。長崎では唐寺における仏事や一般の食生活として索面素麺が積極的に生産され、約400年前、[[島原半島]]にこれらの僧によってその製法が伝えられたとする説である。今でも福建省福州市では、長崎県南島原市で昔使用されていたこね鉢、巻き鉢、室、牛頭、バラ(竹で編んだ入れもの)などと同じような道具が使用されている。<ref>{{Cite news|title=島原手延そうめんについて {{!}} 島原手延そうめん - 日本の伝統を食す {{!}} 南島原市公式|date=2017-10-18|url=http://minamishimabara-somen.jp/somen/|accessdate=2018-07-02|language=ja|work=島原手延そうめん - 日本の伝統を食す {{!}} 南島原市公式}}</ref>また、[[遣唐使]]のルートとして長崎[[平戸市|平戸]]・五島列島があり、手延の五島手延うどんが存在する<ref>{{Cite web|url=http://www.goto-tenobeudon.jp/history/index.html|title=五島手延うどん振興協議会 -五島うどんの歴史-|accessdate=2018-07-02|website=www.goto-tenobeudon.jp|language=ja}}</ref>ことや、[[肥前国|肥前]]日野江藩(のちの[[島原藩]])の藩主晴信の嫡男・[[有馬直純]]は当時の幕府への献上品に「素麺二千貫(御献上並び御進物用、江戸へ御仕送物)、素麺十五貫(御参勤の節、九月より霜月まで三度の御仕出)」を贈ったとの記録が当時の文献「国乗遺文」にあることから、島原の乱以前から素麺づくりが行われていたことが証明されており、中国伝来説が現在は有力と考えられている。品質に優れ、古くから三輪に供給されていた実績を誇り、全国へ流通される近年になってブランド力を高めている。
; 南関素麺:[[熊本県]][[南関町]]。麺が非常に細いのが特徴で、[[北原白秋]]が白糸のようだと形容した。将軍家、[[明治天皇]]などに献上された歴史を持つ。昔ながらの手延べ製法を守っているところが多い。
; 五島素麺:[[長崎県]][[五島列島]]。[[五島うどん]]の産地として知られるが、そうめん素麺も生産している。五島うどんの製法を引き継ぎ、引く油には[[椿油]]などを用いることが多い。手延べも多く、こしコシが強いのが特徴。
 
=== 衰退した産地 ===
江戸時代には隆盛を極め、幕府などにも献上された歴史を持っていたが、都市化、後継者不足、水質悪化、機械製麺の興盛などの影響により産地が消滅した地域。
; 小川素麺(埼玉県):[[埼玉県]][[比企郡]][[小川町]]。「[[新編武蔵風土記稿]]」に名物との記述がある程の産地であったが、[[小川町#和紙|小川和紙]]が隆盛した事に伴い、素麺生産していた家々が徐々に和紙生産へと転換し衰退<ref>[http://hya34.sakura.ne.jp/hikigunn/ogawasoumen/ogawasoumenn.html 幻の小川素麺]</ref>。
; 久留里素麺(千葉県):[[千葉県]][[君津市]]久留里地区。良質の水に恵まれ、江戸幕府にも献上された歴史を持つ一大産地であった。
; 輪島素麺(石川県):[[石川県]][[輪島市]]。[[大門素麺]]は輪島素麺に勉強に行って発祥したと言い伝えがある。いわば大門素麺の祖先。
; 河内素麺(大阪府):[[大阪府]][[枚方市]]。近代に至るまで隆盛を極めたが、都市化や環境の劣化に伴って次第に衰退。21世紀に入る頃には自家消費での生産がわずかに残る状態であったが、伝統を受け継いでいた最後の農家が2012年に廃業し、古くから続いた生産者は途絶えた。その後、地元在住者が技術と生産の継承に取り組んでいると報じられている<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/job/wlb/topics/20130226-OYT8T00512.htm 河内そうめん 私たちが継ぐ 地元夫婦が奮起] - 読売新聞2013年2月26日</ref>。[[枚方市#伝統産業]]も参照。
; 灘素麺(兵庫県):兵庫県[[神戸市]][[東灘区]]など。三輪から技術を伝えられる。[[魚崎]]地方を中心に発展し、江戸時代には上方の代表産地として名を馳せた。明治時代後期から都市化などで急速に衰退。廃絶した。後に、灘素麺の技術は播州、鴨方など他産地に伝播した。
 
== 素麺と食風習 ==
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* [[仙台市]]などでは[[七夕]]に[[魔除け]]や子供の健康を願って素麺を食べる習慣がある。これは、幼くして死んだ子供が幽鬼となって疫病を流行らせたので、生前好物だった索餅を供えて供養したところ災厄が治まったという[[中国]]の[[故事]]に由来している。
* 主にひやむぎの麺に入っているケースが多いが、[[赤]]や[[緑]]の彩色麺が素麺にも数本入っている場合もある。これは、製麺所が素麺の麺束にこれらの彩色麺を混入しているためである<ref name="ex2006829">[http://www.excite.co.jp/News/bit/00091156744796.html そうめんやひやむぎに入っているピンクや緑の麺って何?] エキサイトニュース 平成18年(2006年)[[8月29日]]</ref>。この風習は、[[1980年代]]後半までは関東地方(東京)などを中心見られたが、[[1990年代]]には縮小していき、大多数が白一色の素麺になってしまった。しかしその一方で、一部の製造業者が現在でもこの風習を続けている<ref name="ex2006829"/>。
* [[宮崎県]]北部では、[[オオスズメバチ]]の幼虫を使った[[そうめん]]素麺を食べる習慣がある<ref>[http://www.ytv.co.jp/kenmin_show/secret/this_week/bn1697151.html ケンミンの秘密 | カミングアウトバラエティ 秘密のケンミンSHOW]</ref>。
 
== 類似名称の食品 ==
* 素麺に形が似ていることから名付けられている食品に、魚肉練り製品の[[魚素麺]]、[[鯛麺|鯛そうめん]]、卵を使った菓子の[[鶏卵素麺]]がある。他に[[刺身]]の[[イカ]]を千切りにした[[イカそうめん]]や[[ヤマノイモ|山芋]]をそうめん素麺風に仕立てたものなどもある。また[[スルメ]]の味付けしたものを千切りにした珍味のスルメそうめんもある。
* [[中国語]]における「素麺(素麪、素麵、素面)」は[[精進料理|精進]]そばの事を指し、細麺を使うとは限らない。肉類や[[ネギ]]などの生臭い具や[[出汁]]は用いない。[[清]]の[[袁枚]]が著した『[[随園食単]]』には、[[揚州市|揚州]]定慧庵に伝わる素麺出汁の取り方として、きのこを煮て一晩置き、筍の煮汁を合わせて作ると記載されている。