「細川ガラシャ」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
m 『細川ガラシャ展』をもとに加筆
66行目:
* 夫の忠興が家臣を手討ちにして、その刀の血を彼女の[[小袖]]で拭っても動ずることなく、そのまま数日間も着替えないので、結局は忠興が詫びて着替えてもらった{{Sfn|村井|1976}}。
* 忠興がある夜彼女の部屋に入ってきて「小夜ふけて入たる物は何やらん」と戯れてうたいかけると、即座に「ともしび消えて閨の星かげ」と答えたとされる{{Sfn|村井|1976}}。
* ガラシャ自筆の手紙は、[[国立国会図書館]](松本文書)に10通<ref>[https://www.ndl.go.jp/jikihitsu/part1/special.html 特別展示 細川ガラシャ _ あの人の直筆]</ref>、[[永青文庫]]に4通、[[東京国立博物館]]に1通<ref>[https://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0096246 C0096246 消息 - 東京国立博物館 画像検索]</ref>(細川忠興宛)、[[熊本県立美術館]](三宅家文書)、に1通([[三宅重利]]宛)、小侍従の子孫である松本家に1通、の計17点が確認されている。しかしそれらを比べてみると、同一人物が書いていたとは思えないほど書風に差があり、署名だけはガラシャ自筆で、それ以外は[[右筆]]が書いた手紙が混じっているとも推測される。宛先の大半は小侍従で、文面からも彼女に対するガラシャの深い信頼が伺える。内容も豊富で、奥向のトップとして夫・忠興に対する気遣いや、使用人への扱い、上方への贈答や節句の準備の指示などが綴られている{{Sfn|熊本県立美術館|2018}}。
 
== 略歴 ==
267 ⟶ 268行目:
* {{Citation|和書|year=1994|title=細川ガラシャのすべて|editor=上総英郎|publisher=新人物往来社}}
* {{Citation|和書|author=田端泰子|authorlink=田端泰子|year=2010|title=細川ガラシャ 散りぬべき時知りてこそ|series=ミネルヴァ日本評伝選|publisher=[[ミネルヴァ書房]]}}
* {{Citation|和書|year=2018|title=細川ガラシャ展|editor=熊本県立美術館|publisher=細川ガラシャ展実行委員会}}
 
== 参考論文 ==