「連邦保安官」の版間の差分

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== 来歴 ==
[[イギリスによるアメリカ大陸の植民地化]]の過程で、[[イギリスの警察|警察]]を含めて多くの制度がイギリス本国から持ち込まれており<ref>{{Harvnb|上野|1981|pp=16-17}}</ref>、その一つが「マーシャル」({{Lang|en|Marshal}})であった。これは基本的には[[廷吏]]であり、令状の執行や囚人の護送を職務としていた。[[アメリカ合衆国]]においては、[[保安官|保安官(シェリフ)]]やコンスタブルの制度とともに導入されており、開拓地では村落の実質的な治安維持責任者として機能したこともあった<ref name="上野1981p218">{{Harvnb|上野|1981|pp=218-225}}</ref>。
 
連邦政府においては、連邦裁判所制度の整理を図った[[:en:Judiciary Act of 1789|1789年の裁判所法]]において、この制度が導入された。[[1789年]][[9月24日]]、初代大統領[[ジョージ・ワシントン|ワシントン]]は旧[[13植民地]]の各地域に一人ずつ、計13人の連邦保安官を任命した。彼らは、管轄区域内で連邦裁判所が開廷するときは廷吏として裁判の進行を司り、それ以外の時は政府からの命令の執行にあたっており、これらの職務のため必要なときは、助手({{Lang|en|deputy}})を任命することができた。また地域的騒乱状態の鎮圧も職務の一部と考えられており、古くは1791年の[[ウィスキー税反乱]]においても動員されている<ref name="上野1981p218"/>。