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'''フジロックフェスティバル'''(''FUJI ROCK FESTIVAL'')は、[[日本]]の[[ロック・フェスティバル]]である。
 
[[1997年]]、[[山梨県]][[ふじてんスノーリゾート|富士天神山スキー場]]で初開催された。[[1999年]]より、毎年7月下旬または8月上旬、[[新潟県]][[湯沢町]]の[[苗場スキー場]]で開催されている。主催はスマッシュ。'''フジロック'''という略称および愛称で一般に広く知られている
 
[[1999年]]より、毎年7月下旬または8月上旬、[[新潟県]][[湯沢町]]の[[苗場スキー場]]で開催されている。
日本のロック・フェスティバルの先駆けであり、広大な会場に国内外200組以上のミュージシャンが揃う日本最大規模の野外音楽イベントである。
 
主催はスマッシュ。'''フジロック'''という略称および愛称で一般に広く知られている。
なお、このフェスティバル名の由来でもある[[富士山]]近辺([[山梨県]][[ふじてんスノーリゾート|天神山スキー場]])で開催されたのは、1997年の第1回のみである(翌1998年第2回は東京都豊洲地区・[[東京ベイサイドスクエア]]で開催)。しかし現在に至るまでこの名残で、名称は「フジロックフェスティバル」、[[ロゴマーク]]も「富士山」をあしらったものが、変わることなくそのまま使われている。
 
日本のロック・フェスティバルの先駆けであり、広大な会場に国内外世界200組以上のミュージシャンが揃う日本最大規模の野外音楽イベントである。
 
なお、このフェスティバル名の由来でもある[[富士山]]近辺([[山梨県]][[ふじてんスノーリゾート|天神山スキー場]])で開催されたのは、1997年の第1回のみである(翌1998年第2回は東京都豊洲地区・[[東京ベイサイドスクエア]]で開催)。しかし現在に至るまでこの名残で、名称は「フジロックフェスティバル」、[[ロゴマーク]]も「富士山」をあしらったものが、変わることなくそのまま使われている。
 
== 概要 ==
「ロック」フェスと銘打っているが、実際は[[ロック (音楽)|ロック]]のみならず、[[ポピュラー音楽]]全般、[[和太鼓]]、[[ジャズ]]、[[民族音楽]]等々、広く網羅しあらゆる音楽を包括したフェスティバルである。ちなみに大小複数のステージにて演奏が同時進行で行われるため、同じ年の開催においてすべての出演者を見ることはできない。
 
会場は周囲を山林に囲まれた大自然の中にあるため、単にライブを観賞するだけではなく、[[森林浴]]や[[キャンプ]]といったアウトドアを満喫する行楽イベントという意味も含めた「フェスそのものを楽しむ」ために来場する客も多い。それが会場の和やかで落ち着いた雰囲気を形作り、その居心地の良さに惹かれた多くのリピーター(いわゆる'''フジロッカー''')を獲得しているといわれる。ゆえにロックフェスでありながら40代から50代の中年層客も多く、逆に10代から20代前半の若者は他のフェスに比べると若干少ないのが特徴でもある。これはチケット代に加え、会場までの移動費や宿泊費を考えた場合に10代から20代には決して安い額ではないというのも理由として考えられる。出演するアーティストもそれらに合わせ、他の国内ロックフェスティバルに比べるとよりコアでジャンルレスな音楽ファン向けが多い傾向が見られる。
 
また、フジロックは'''世界一クリーンなフェス'''を標榜しており、ゴミの分別やポイ捨て防止などの取り組みがよく行き届いていると評判である<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/guide/index.html |title=はじめに|フジロックフェスティバル |accessdate=2015-12-5}}</ref>。このコンセプトに賛同するミュージシャンは多く、治安の良さや客の節度ある態度など総合的な運営の安定感から'''世界のフジロック'''と海外から高い評価を得ている。一方で、禁煙エリア(モッシュピット、各ステージ音響ハウス、照明タワーより前方、KIDS LAND)以外の喫煙は可能である(歩行喫煙は禁止されている)。
 
== 交通アクセス ==
会場の[[苗場スキー場]]までは最寄のJR[[越後湯沢駅]]から(開催期間中のみ)出ている送迎バスでも約1時間の距離の山間部にあり、自転車や徒歩での入場は非常に困難である。電車ため、鉄道を利用しない者の大半はバイクや自家用車で来るが、会場直結の駐車場に車をとめるのに必要な駐車券はすぐに売り切れるため、券の獲得競争率が高まっている。

オフィシャルツアーでは苗場会場直結のツアーバスもある。出発時間の制限はあるが、前記無料シャトルバスを使うことなく会場へ行けるメリットもある。
 
また、会場のある[[湯沢町]]周辺は冬場のスキー客のためにホテルやペンション、旅館、民宿など多くの宿泊施設があるが、開催期間の前後はその大半がフジロック客で満室状態になるため、例年、駐車券の獲得以上に宿泊先の確保が熾烈である。特に会場に直結している[[苗場プリンスホテル]]はその利便性の高さに加え、出演アーティストを始めとするフジロック関係者の宿泊先として一部借り切られているため、一般客向けの客室は少なくなっており、毎年競争率は非常に高かったが、2010年は団体のみ受け入れるため、一般客はオフィシャルツアーでしか宿泊できなくなった。
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以下、主なエリアを'''入場ゲートから近い順に'''記す。
 
; ザ・パレス・オブ・ワンダー
: 入場ゲート前にあるテント施設で、チケットがなくても入ることが出来るフリーエリア。開催時間は22:30~翌朝5:00。巨大なオブジェに囲まれたテントでは怪しげな大道芸が行われ、[[カジノ]]や[[バー (酒場)|バー]]といった大人の夜遊び施設が揃う。隣接するブース「ルーキー・ア・ゴー・ゴー」(以前はLevi's NEW STAGE)は、一般公募から選ばれた無名の[[インディーズ]]バンドがプレイするステージ。夜間行われ、駆け出しバンドの実力が試される登竜門として定着している。かつては[[くるり]]や[[ASIAN KUNG-FU GENERATION]]、[[サンボマスター]]もここで演奏した。
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苗場プリンスホテル後方、スキー場の広大な斜面を利用して会場宿泊客のためのテント設営エリアが設けられている。毎年、約1万7000人がここでテントを張って宿泊している。女性専用ゾーンやトイレ、シャワー設備、キャンプに関する相談所や食事処も完備されている。キャンプサイト券を購入した客のみ利用可能。ちなみにテントを建てやすい平らな地面の立地はすぐに埋まるため、初日以降から来てキャンプサイト宿泊を考えている客には少々不利である。また開催期間中はスコールなど荒天が多く、キャンプ初心者にはあまり望ましい宿泊手段とはいえない。2010年から新たにPyramid Gardenという和み空間が出現。キャンプサイト利用者限定で楽しめるステージも併設している。
[[Image:Fujigreenstage.jpg|thumb|right|200px| キャンプ・サイト]]
 
== 前夜祭 ==
初日の前夜には地元の住民たちとの交流を深め、共に盛り上がる恒例の前夜祭が開かれる。盆踊り、抽選会、大食い大会といったベタな夏祭りイベントもフジの開幕とあってかなりの盛り上がりをみせる。最後は打ち上げ花火大会でフェスティバルの成功祈願と開会が宣言される。他にもレッドマーキーが開放され、DJ達によるオープニングパーティが催され時には出演バンドによるサプライズライブが行われることもある。過去に[[少年ナイフ]]や[[BRAHMAN]]、[[ザ・クーパー・テンプル・クロース]]などが前夜祭ライブを行っている。
 
== 主な出演者/歴史 ==
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* [[TOKYO No.1 SOUL SET]]
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[[1997年]]に、[[富士山]]のふもとの[[ふじてんスノーリゾート|天神山スキー場]]で初めて開催された。2日間の予定であったが、[[台風]]の直撃により1日目から豪雨に見舞われる。会場内で雨をしのげる場所は少なく雨や寒さに対する備えが不十分な参加者が多かったこともあり、会場内やその周辺では体力を奪われて倒れる者が続出した。幸いにも死者はでなかったものの、フェスは後に語り草となるほどの惨状を呈した。
 
また、会場へのアクセス道路は1本しかなく、駐車車両などによる渋滞によって交通は麻痺状態となり、移動に多くの参加者が徒歩で数時間も歩いた。トイレもない道路では多くの人々が周辺の私有地に立ち入って用を足したり、別荘地内で勝手にキャンプをしたりと会場周辺も混乱を極めた。2日目は朝から晴天となったものの、警察、地元自治体などからの要請や会場とその周辺の荒廃により、これ以上のイベント続行は不可能と判断した運営側が全てのプログラムを中止し、日本初の野外ロック・フェスティバルは、あえなく崩壊の状態となった。
 
また、駅と会場を結ぶ送迎バスが機能しなかったことにより、駅や荒天の会場で数時間にわたり立ち往生を余儀なくされたこと、案内スタッフが少数かつ不親切であったことなど多くの課題を残し、フェスの運営にも批判が集中した。
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* [[Kemuri]]
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前年度の批判を受け、主催のスマッシュは翌[[1998年]]、会場を一転して[[東京]]の[[豊洲]]地区に変更して開催する。前年の失敗を踏まえて会場へのアクセスや救護体制などが改善され、成功を収めた合が、2ステージのみの会場であることから、多くの観衆が1ヶ所に密集する状態は避けられず、特に[[thee michelle gun elephant]]のステージでは、モッシュ過多による圧死危険のために何度か演奏が中断された。
 
しかし、やはり2ステージのみの会場であることから、多くの観衆が1ヶ所に密集する状態は避けられず、特に[[thee michelle gun elephant]]のステージでは、モッシュ過多による圧死危険のために何度か演奏が中断された。
 
そうした2年間の試行錯誤を経て、やはり会場は東京ではなく「自然の中でのロックフェス」という、当初のコンセプトに回帰する結論に達した。
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* [[DRY&HEAVY]]
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翌[[1999年]]には、夏期の集客を目指した苗場プリンスホテルと地元の浅貝地区が開催地として協力することとなり、会場は[[新潟県]]の[[苗場スキー場]]に再度変更された。

英国の[[グラストンベリー・フェスティバル]]を参考に、再び大自然の中での開催となったが、参加者の雨や寒さに対する意識が向上したことや、苗場・浅貝地区は周辺に一般住民がほとんど居ない山間部の独立した地域ということもあり、大きな問題は起こらず成功のうちに終了した。これ以降は、毎年苗場での開催に落ち着くようになった。開催期間も1999年以降は3日間となっている
 
これ以降は、毎年苗場での開催になった。開催期間も1999年以降は3日間となっている。
*のべ動員数(3日間):72,000人
 
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[[2000年]]は、1日目と2日目のトリを日本人バンドが務めるという、初の試みが行われた。初日のトリを務めた[[BLANKEY JET CITY]]は同年5月に解散を表明しており、ラスト・ツアー終了後の出演となったため、実質これがラスト・ライブとなった。
 
*のべ動員数(3日間):61,000人
 
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* [[キセル (バンド)|キセル]]
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[[ニール・ヤング]]、[[オアシス (バンド)|オアシス]]、[[エミネム]]が[[ヘッドライナー (コンサート)|ヘッドライナー]]を務めた[[2001年]]は、取材に訪れた海外国際プレス群から「様々なフェスのヘッドライナーが一つのフェスに集まっている。'''これは最強のラインナップだ'''」と絶賛され、後に「世界のフジ・ロック」と呼ばれるきっかけとなった。特に、[[トラヴィス (バンド)|トラヴィス]]~[[マニック・ストリート・プリーチャーズ]]~[[オアシス (バンド)|オアシス]]という、UKロック・アンセムのトップランナーを揃えた初日グリーンの流れは、以降のフジのブリティッシュ志向が高まるきっかけともなった。
 
一方で、3日目のグリーンにはUSの実力派をヘッドラインにすえるラインナップを実現させるなど、総じて若手から大御所までを取り揃えた年となっている。
 
そんな中でトピックとなったのは、[[ニール・ヤング]]が演奏するその裏のホワイト、実に14年ぶりの来日となった[[ニューオーダー]]の一大パーティに多くの観衆が詰めかけ、苗場で最初の大規模な入場規制が敷かれたことであった。
 
*のべ動員数(3日間):79,000人
 
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最終日には[[スピリチュアライズド]]が、ブラス隊からパーカッションまでを大動員したサイケ・アンサンブルをホワイトに繰り広げた。
 
*のべ動員数(3日間):90,000人(キャンプサイト12,000人)
 
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最終夜には、開演からアンコールまで全て日本語表記のデジタルVJを駆使して、音と視覚双方に最大限の情報量で迫った[[マッシヴ・アタック]]、バンド自ら過去最高のライヴと自賛した[[モグワイ]]が、それぞれ重層なパフォーマンスで苗場の山間を彩った。
 
ちなみにこの年、2日目レッドのトリが予定されていた[[ザ・コーラル]]のキャンセルを受けて前日のグリーンに出演した[[ザ・ミュージック]]が急遽ピンチヒッター代理で2日連続の登場となり、急ながらレッドのトリを務めた。この出来事によって以降のフジでは、他の出演者がキャンセル組の「穴埋め代打」を行うという「前例」が確立する。
 
*のべ動員数(3日間):100,000人(金曜32,000、土曜37,000、日曜31,000)
*前夜祭:15,000人、キャンプサイト:15,000人
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また、初日にはグリーンステージにてジャパニーズ・ロック史の中でも重要なバンドの1つである[[ルースターズ]]が、17年振りにオリジナル・メンバーで再結成、ケジメとなるラスト・ライブを行った。
 
*のべ動員数(前夜祭を含む、3日通し券購入者3万人):102,000人(金曜30,000、土曜30,000、日曜30,000)
*前夜祭:12,000人
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[[ギャング・オブ・フォー (バンド)|ギャング・オブ・フォー]]~[[ダイナソーJr.]]という共に同時期に再結成した2バンドを並べた趣向で、[[ザ・ビーチ・ボーイズ]]や、[[ザ・ポーグス]]など、要所要所でのベテランのパフォーマンスも見られた。また一方で、最終日のクロージングとして登場した[[プライマル・スクリーム]]の壇上には、ゲストメンバーとしてケヴィン・シールズと[[J・マスシス]]の姿があり、その時ステージ場では[[ジーザス&メリーチェイン]]、[[ストーン・ローゼズ]]、[[フェルト (バンド)|フェルト]]の元メンバーに加え、[[マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン]]と[[ダイナソーJr.]]の現メンバーが一堂に会するというオルタナ・オールスターぶりが話題になる、フェスらしい1コマもみられた。
 
他方で、第1回のフジに観客として参加して以来、1999年の初出演から徐々にステージ・アップしてきた[[くるり]]が念願のグリーン進出を果たし、万感のコメントを残した
 
*のべ動員数(前夜祭を含む4日間):125,000人(金曜35,000、土曜40,000、日曜35,000)
*前夜祭:15,000人、キャンプサイト:16,000人
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* [[中村弘二|iLL]]×[[勝井祐二]]
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記念すべき10回目を迎えた[[2006年]]は、[[フランツ・フェルディナンド (バンド)|フランツ・フェルディナンド]]がフジ史上最速でのヘッドライナーに抜擢された。2日のトリでは、[[レッド・ホット・チリ・ペッパーズ]]が10周年に華を添えるステージを見せ、その裏では[[シザー・シスターズ]]が、入場規制がかかったレッドマーキーには、[[クーラ・シェイカー]]のステージが展開された。
 
一方で、初日のヘヴンでは[[加藤登紀子]]が登壇した。
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この年から「Very Special Guest」名称となったクロージング枠には[[ハッピー・マンデーズ]]が登場した。
 
来場者はそれまでで最多の13万に達し、ロックフェスが日本に根付いてきたことをうかがわせるアニバーサリー・イヤーとなった。
 
*のべ動員数(前夜祭を含む4日間):131,000人(金曜36,000、土曜40,000、日曜39,000)
*前夜祭:16,000人、キャンプサイト:17,500人、テント設置数:7,500張り
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最終日の締めでは、5度目の[[ケミカル・ブラザーズ]]の裏で[[ジュノ・リアクター]]による壮大なブードゥー・パーティが異様な盛り上がりをみせ、レッドではドクターストップがかかった昨年のリベンジを果たすべく、主客とも爆発的な盛り上がりに発展した[[クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー]]、急遽キャンセルとなった[[フィッシュボーン]]の代打としてオレンジのトリを務めた[[フェルミン・ムグルサ]]も会心のパフォーマンスを演じた。
 
初日ホワイトのトリには初来日が実現した[[グルーヴ・アルマダ]]が登場したが、話題の中心は実に23年ぶりの来日となる[[ザ・キュアー]]のヘッドライナーであった。ダブル・アンコールに応えたフル・タイムセットで演奏は日付を跨ぎ深夜にまで及んだ。
 
*のべ動員数(前夜祭を含む4日間):127,000人
*キャンプサイト:14,000人、テント設置数:7,000張り
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* [[キセル (バンド)|キセル]]
|}
[[2008年]]は、3日目大トリの[[忌野清志郎]]が病気のため急遽キャンセルとなり、代として2日連続の[[プライマル・スクリーム]]が発表されたが、この発表に便乗するかのように開催直前まで「交渉中」として伏せられていた3日目グリーンステージのその他のヘッドラインまで、同じく前日出演組の[[The Birthday]]と[[エイジアン・ダブ・ファウンデーション]]で補填するという発表を行った。
 
*チケット料金<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/08/ticket/#ticket01 |title=チケットの種類 |accessdate=2015-12-4}}</ref>
**一般発売:3日通し券¥39,800(税込)/1日券¥16,800(税込)/キャンプサイト券¥3,000(税込)
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* [[POLYSICS]]
|}
寒雨対策へ十分な装備と高い意識で臨むことの重要さを再認識させるように、好天続きであった過去数年から一転して、開催期間の苗場は常に雨雲が停滞する不安定な空模様に翻弄された。となり、前夜祭からの豪雨に終日見舞われた初日は特に過酷で、会場を流れる河川の増水と足場のぬかるみ拡大等によりオールナイト・フジが中止に追い込まれ、同様に映画上映や岩盤スクエアも含めて多くの屋外深夜イベントが取り止めという初めての事態となった。
 
 
最終日には、中止を味わった1997年第1回を経て以来の[[ウィーザー]]が登場した。
 
また、2日目グリーンにおいて、同年5月に亡くなった[[忌野清志郎]]を追悼する呼びかけの下、1夜限りの「スペシャル・メッセージ・オーケストラ」が急遽結成され、[[仲井戸麗市]]、[[Char]]、[[泉谷しげる]]、[[CHARA]]、[[UA (歌手)|UA]]、[[Leyona]]、[[トータス松本]]、[[甲本ヒロト]]&[[真島昌利]]、[[YO-KING]]、[[浜崎貴司]]などが顔をそろえた。ライブ終盤には、生前のライブ映像と当日の演奏をシンクロさせる演出が行われ、「キング・オブ・フジロック」こと忌野清志郎は“最後のフジロック出演”を果たした。
 
*チケット料金<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/09/ticket/#ticket01 |title=チケットの種類 |accessdate=2015-12-4}}</ref>
**一般発売:3日通し券¥39,800(税込)/1日券¥16,800(税込)/キャンプサイト券¥3,000(税込)
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* [[GELLERS]]
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[[2010年]]は、初日[[ゼム・クルックド・ヴァルチャーズ]]、2日目[[レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン#メンバー|ワン・デイ・アズ・ア・ライオン]]、そして最終日[[アトムス・フォー・ピース]]と、各日のヘッドラインに大物ミュージシャンから成る[[スーパーグループ]]が名を連ね、高い話題性をともなってそれぞれで多くの観衆を動員した。
 
2日目では、[[フィッシュボーン]]~[[フロッギング・モリー]]に至る流れで怒涛の盛り上がりに発展したレッドトリの他、昼下がりのグリーンを緩急自在に演じた[[ジェイミー・カラム]]と[[ジョン・バトラー・トリオ]]、ヘヴンの夜をスリリングな演奏で掌握した[[デレク・トラックス|デレク・トラックス&スーザン・テデスキ・バンド]]の抜群のパフォーマンスも絶賛を受けた。2日目ではホワイトステージのトリであった[[MGMT]]が会場の定員をオーバーし、ホワイトステージには入場制限が設けられた。
 
*チケット料金<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/10/ticket/ |title=チケットの種類 |accessdate=2015-12-4}}</ref>
**一般発売:3日通し券¥39,800(税込)/1日券¥16,800(税込)/キャンプサイト券¥3,000(税込)
1,248 ⟶ 1,241行目:
* [[高田漣]]
|}
 
*チケット料金<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/11/ticket/ |title=チケットの種類 |accessdate=2015-12-4}}</ref>
**一般発売:3日通し券¥39,800(税込)/1日券¥16,800(税込)/キャンプサイト券¥3,000(税込)
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|}
2012年は、前年までオレンジ・コートの奥に設置されていたオートキャンプ専用の施設であるムーン・キャラバンが、砂埃や雨天時の水はけの悪さから<ref>{{Cite web |url=http://fujirockers.org/12/?p=1271 |title=気になる話が盛りだくさん、大将インタビュー~会場編~|FUJIRROCKERS.ORG |accessdate=2015-12-5}}</ref>、苗場プリンスホテル後方にあるPyramid Gardenの奥に設置されることになった<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/12/stage/ |title=ステージ・施設ガイド|FUJI ROCK FESITIVAL'12 |accessdate=2015-12-5}}</ref>。
 
*チケット料金<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/12/ticket/ |title=チケットの種類 |accessdate=2015-12-4}}</ref>
**先行発売:3日通し券¥39,800(税込)/1日券¥16,800(税込)/キャンプサイト券¥3,000(税込)
**一般発売:3日通し券¥42,800(税込)/1日券¥17,800(税込)/キャンプサイト券¥3,000(税込)
**当日券:1日券(7月27日(金)のみ)¥19,000(税込)/キャンプサイト券¥3,000(税込)(※ 3日通し券、7/28(土)、及び7/29(日)1日券は前売り段階で売り切れ。当日券の販売なし。
      (※ 3日通し券、7/28(土)、及び7/29(日)1日券は前売り段階で売り切れ。当日券の販売なし。)
*のべ動員数:140,000人
 
1,423 ⟶ 1,413行目:
* [[LITE (バンド)|LITE]]
|}
 
*チケット料金<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/13/ticket/ |title=チケットの種類|FUJI ROCK FESTIVAL '13 |accessdate=2015-12-4}}</ref>
**先行発売:3日通し券¥39,800(税込)/1日券¥16,800(税込)/キャンプサイト券¥3,000(税込)
1,502 ⟶ 1,491行目:
*[[Downy]]
|}
 
 
*チケット料金<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/14/ticket/ |title=チケットの種類|FUJI ROCK FESTIVAL '14 |accessdate=2015-12-4}}</ref>
**先行発売:3日通し券¥40,900(税込)/1日券¥17,200(税込)/キャンプサイト券¥3,000(税込)
1,575 ⟶ 1,562行目:
*[[女王蜂 (バンド)|女王蜂]]
 
|}
 
[[2015年]]は、2003年以来フィールド・オブ・ヘブンの奥に設置されていたオレンジ・コートが会場の水はけや、フィールド・オブ・ヘブンとの音の干渉の問題から設置されなかった<ref>{{Cite web |url=http://fujirockers.org/?p=8546 |title=2015年のフジロックはどんな内容に?日高正博社長に聞いた |accessdate=2015-12-3}}</ref>。それに伴い、金曜の深夜に開催されていたオールナイト・フジも中止となった(レッドマーキーの深夜枠に融合した形で、[[ブライアン・バートンルイス]]らが出演した)。
レミー・キルミスターがこの年の12月に亡くなっ逝去したため、モーターヘッドは最後の来日公演となった
 
*チケット料金<ref>{{Cite web |url=http://www.fujirockfestival.com/ticket/index.html |title=チケットの種類|FUJI ROCK FESTIVAL '15 |accessdate=2015-12-4}}</ref>
**早期早割:3日通し券¥34,800(税込)<ref>{{Cite web |url=http://fujirockers.org/?p=7802 |title=なんと前年比ビール7杯分の値下がり!! フジロック’15チケット情報発表&早割もあるよ!|FUJIROCKERS. ORG |accessdate=2015-12-4}}</ref>
1,646 ⟶ 1,632行目:
 
|}
 
[[2016年]]は20回目の開催を記念して、2日目に「FRF 20th SPECIAL G&G Miller Orchestra」と題し、総勢18名のスペシャルジャズオーケストラ([[JUMP WITH JOEY]]/[[FRONT PAGE ORCHESTRA]])にゲストシンガー([[加藤登紀子]]/[[曽我部恵一]]([[サニーデイサービス]])/[[中納良恵]]([[EGO-WRAPPIN']]))を迎えた公演があった。
*のべ動員数(前夜祭を含む4日間):125,000人(前夜祭15,000人、金曜30,000、土曜40,000、日曜40,000)<ref>{{Cite web |url=https://www.wwdjapan.com/snap/party_event/japan/fuji-rock-festival/fuji-rock-festival-16/57922/|title=【スナップ】レッチリも出演した「フジロック’16」 最終日は柄アイテムが席巻 |accessdate=2016-08-30}}</ref>
1,712 ⟶ 1,697行目:
*[[LOVE PSYCHEDELICO]]
|}
 
*のべ動員数(前夜祭を含む4日間):125,000人(前夜祭15,000人、金曜32,000、土曜40,000、日曜38,000)<ref>{{Cite web |url=https://www.wwdjapan.com/snap/party_event/japan/fuji-rock-festival/fuji-rock-festival-16/57922/|title=計12万5000人が来場した「フジロック’17」 柄アイテムを取り入れたコーデが人気 |accessdate=2018-02-13}}</ref>
 
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2日目となる7月28日の[[スクリレックス]]のステージに、[[YOSHIKI]]がゲスト参加した。クリスタルピアノで『[[ENDLESS RAIN]]』を演奏し、スクリレックスの代表曲『Scary Monsters And Nice Sprites』ではドラムで参戦するなど、EDMサウンドにクラシックとロックを融合させたステージを披露した。なお、今回のサプライズコラボは、スクリレックスからのオファーをYOSHIKIが快諾したことにより実現した<ref>{{Cite news |title=YOSHIKI、Skrillexと「Endless Rain」奇跡のコラボ「フジロック」サプライズ 伝説のステージに |newspaper=[[モデルプレス]] |date=2018-07-30 |url=https://mdpr.jp/music/detail/1782904 |accessdate=2018-08-04 }}</ref>。
 
== 参考情報特記事項 ==
* 映像収録は[[フジテレビジョン|フジテレビ]]子会社のFuji International Productions (UK) Ltd(会社解散により2006年からはフジパシフィック音楽出版(現[[フジパシフィックミュージック]])が承継)が行い、1997年から2007年までの11年間は[[WOWOW]]によってその年のライブの模様が約1か月後にオンエアされていた。およそ1アーティストにつき1 - 3曲収録される。たいていレッドのトリ、ホワイトの準トリは2曲以上、グリーンのトリと準トリ・ホワイトのトリは3曲以上、その他の時間帯およびステージは各アーティスト1曲のみの収録が慣例となっている。しかし、局や編集者の嗜好などにより特定のバンドに力が注がれた構成になったりすることが稀にある。直近では[[2007年]]のオンエアがいい例でレッドのトリ([[ファウンテンズ・オブ・ウェイン]]と[[クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー]])をわずか1曲、各日のホワイトのトリと準トリ群を1、2曲収録に留め代わりに「[[BOOM BOOM SATELLITES]]の1日」などと称した複数の小コーナーおよび当人へのインタビューとライブ映像含め、BOOM BOOM SATELLITES関連を計40分も収録した。2008年は[[フジテレビTWO|フジテレビ721]]、2009年からは[[フジテレビNEXT]]で放送されている<ref>2012年から2014年までは[[BSスカパー!]]・[[スカチャン]]とフジテレビNEXTのリレーで生中継も実施されていた。</ref><ref>スカパー!とフジテレビNEXTは同フェスティバルのオフィシャルTVでもある。</ref><ref>[[スカパー!]]・フジテレビNEXTからの映像配信で[[NOTTV]]でも生中継を行っていた。</ref>。
* 混み具合にもよるが通常、入場ゲートから1番奥のステージまでは徒歩で30分ほどかかる。
* ステージ間でかなりの距離を置いているため、他ステージの音はほとんど気にならない。しかしフィールド・オブ・ヘブンとオレンジ・コートは隣接しているので音が被る場面が多少みられる。
** また2003年の開催に於いてグリーンステージトリのビョークが静謐な音を奏でる中、ホワイトステージトリのイギー・ポップの爆音がグリーンステージまで届き、ビョークを憤慨させたとの逸話が残っている。
* ある程度ステージによってパフォーマンスの種類をそろえているので、違うジャンルの曲を聞きに移動する際は余裕を持って移動することが望ましい。
* 真夏とはいえ山間部を会場としているため、夜は寒さ対策が必要である。また、開催期間中はほぼ100%の確率で雨が降るため、寒さ対策以上に雨具の携帯が必須である。なお、傘の使用は周りの迷惑となるため禁止されており、カッパ類を使用する。
* 降雨に伴い歩道(もちろん砂利道)も泥で非常にぬかるむため、履物に関しても留意が必要である。常連フジロッカーのあいだでは「足元は長靴」というスタイルが定着している。
* 映像収録は[[フジテレビジョン|フジテレビ]]子会社のFuji International Productions (UK) Ltd(会社解散により2006年からはフジパシフィック音楽出版(現[[フジパシフィックミュージック]])が承継)が行い、1997年から2007年までの11年間は[[WOWOW]]によってその年のライブの模様が約1か月後にオンエアされていた。およそ1アーティストにつき1 - 3曲収録される。たいていレッドのトリ、ホワイトの準トリは2曲以上、グリーンのトリと準トリ・ホワイトのトリは3曲以上、その他の時間帯およびステージは各アーティスト1曲のみの収録が慣例となっている。しかし、局や編集者の嗜好などにより特定のバンドに力が注がれた構成になったりすることが稀にある。直近では[[2007年]]のオンエアがいい例でレッドのトリ([[ファウンテンズ・オブ・ウェイン]]と[[クラップ・ユア・ハンズ・セイ・ヤー]])をわずか1曲、各日のホワイトのトリと準トリ群を1、2曲収録に留め代わりに「[[BOOM BOOM SATELLITES]]の1日」などと称した複数の小コーナーおよび当人へのインタビューとライブ映像含め、BOOM BOOM SATELLITES関連を計40分も収録した。2008年は[[フジテレビTWO|フジテレビ721]]、2009年からは[[フジテレビNEXT]]で放送されている<ref>2012年から2014年までは[[BSスカパー!]]・[[スカチャン]]とフジテレビNEXTのリレーで生中継も実施されていた。</ref><ref>スカパー!とフジテレビNEXTは同フェスティバルのオフィシャルTVでもある。</ref><ref>[[スカパー!]]・フジテレビNEXTからの映像配信で[[NOTTV]]でも生中継を行っていた。</ref>。
* オフィシャルメディアの[[InterFM]]では、毎年フジロックからライヴ音源を生中継している。また、フジロック開催後も頻繁に音源を放送。
** その他のオフィシャルラジオステーションとして、[[JAPAN FM LEAGUE]]の[[J-WAVE]]と[[FM802]]の2局がある。J-WAVEの[[TOKIO HOT 100]]は開催期間中毎年フジロックのブースから生放送している。
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== 脚注 ==
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== 参考 ==