「川合玉堂」の版間の差分

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[[第二次世界大戦]]中の[[1944年]](昭和19年)、かねてより[[写生]]で頻繁に訪れていた[[東京都]][[西多摩郡]][[三田村 (東京都)|三田村]]御岳(現・[[青梅市]]御岳<ref name="没地map" group="*" />)に[[疎開]]し、住居を「偶庵(ぐあん)」、画室を「随軒(ずいけん)」と称した。[[戦後#第二次世界大戦後|戦後]]も同地の自然を愛する玉堂はそのまま定住し、同地にて[[1957年]](昭和32年)[[6月30日]]、心臓喘息で死去した{{r|東文研}}。贈・[[正三位]]・[[勲一等旭日大綬章]](没時叙勲){{r|東文研}}。
 
[[神奈川県]][[横浜市]][[金沢区]]には[[1917年]](大正6年)頃に建設した別邸「二松庵」があり、横浜市指定[[有形文化財]]として月1回の一般公開もなされていたが<ref>[http://www.city.yokohama.lg.jp/kanazawa/kusei/kikaku/gyokudo/ 横浜市 旧川合玉堂別邸 トップページ]</ref>、[[2013年]]([[平成]]25年)[[10月16日]]に発生した火災で全焼してしまった<ref>[http://www.asahi.com/national/update/1016/TKY201310160009.html 旧川合玉堂別邸が全焼 横浜・金沢区] [[朝日新聞]] 2013年10月16日</ref>。二松庵庭園は[[2016年]](平成28年)[[11月4日]]付で[[名勝]]として[[横浜市指定文化財および地域文化財一覧|横浜市指定文化財の名勝]]に指定された<ref>{{PDFlink|[http://www.city.yokohama.jp/ne/news/press/201610/images/phplKXLkN.pdf 平成28年度 新たな横浜市指定文化財 教育委員会事務局]}}</ref>。
 
日本の四季の山河と、そこで生きる人間や動物の姿を美しい墨線と彩色で描くことを得意とした。玉堂のもとには、[[長野草風]]、[[池田輝方]]、[[池田蕉園]]、[[松本姿水]]、[[山内多門]]、[[高橋玉淵]]ら多くの門人がいた。
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== 代表作品 ==
<!--: 本節では、[[文化庁]]や著名な研究者が俯瞰的視点で代表作に挙げた作品を'''太字'''で表記している(※所蔵作品を推しがちな個別の美術館等は対象外)。[[文化財]]としての指定名称や、所有者・保管者等による管理名称などは、広く知られているいわゆる[[通称]]と異なることも多いが、本節は通称を主たる名称として記載し、専門的名称は説明文の中で挙げることとする(例:行く春)。--><!--斯様な注釈はWikipediaの他の美術家記事には見られないため、一貫性・整合性の観点から非表示化。-->
 
* {{Anchors|春渓群猿図秋渓群鹿図}}春渓群猿図({{small|しゅんけいぐんえんず}})及び 秋渓群鹿図({{small|しゅうけいぐんかず}})
{{Double image aside|right|Parting Spring by Kawai Gyokudo (National Museum of Modern Art, Tokyo) L.jpg|270|Parting Spring by Kawai Gyokudo (National Museum of Modern Art, Tokyo) R.jpg|270|{{Anchors|行く春_画像}}『行く春』    (左隻)|<center>(右隻)}}
<!--[[ファイル:Kawai Gyokudo Paintings.jpg|thumb|120px|{{Anchors|漁村渡舟_画像}}<center>『漁村渡舟』]]|※大した情報は確認できず、代表作と言い難い。-->
* {{Anchor|二日月}}({{small|ふつかづき}}) {{small|([[英語|英]][[タイトル|題]])}}''New Moon'' <ref name="CHO_98750">{{文化遺産オンライン|98750|二日月}}</ref>
:: [[1907年]](明治40年)作。絹本著色[[水墨画|墨画]]。軸・1幅。86.4cm×139.0cm。[[東京国立近代美術館]]所蔵。■右列に(※画像あり参照)
* {{Anchor|溪村春麓図}}({{small|けいそんしゅんろくず}}) <ref name="CHO_266016">{{文化遺産オンライン|266016|溪村春麓図}}</ref>
:: 1907年(明治40年)作。絹本著色墨画。150.5cm×85.0cm。[[広島県立美術館]]所蔵。
* {{Anchor|深山濃霧}}({{small|しんざんのうむ}}) <ref name="CHO_233234">{{文化遺産オンライン|233234|深山濃霧}}</ref>
:: [[1909年]](明治42年)作。絹本著色墨画。1幅。224.2cm×142.4cm。[[東京国立博物館]]所蔵。
* '''{{Anchor|行く春}}'''{{small|ゆくはる}}) {{small|(英題)}}''Parting Spring'' <ref name="CHO_194603">{{文化遺産オンライン|194603|紙本著色行く春図〈川合玉堂筆/六曲屏風〉}}</ref><ref name="CHO_27124">{{文化遺産オンライン|27124|行く春}}</ref><ref name="MOMAT_重文">{{Cite web |url=https://www.momat.go.jp/am/collection/masterpieces/ |title=MOMATの国指定重要文化財 - コレクション |work=公式ウェブサイト |publisher=東京国立近代美術館 |accessdate=2019-04-28 }}</ref>
:: [[1916年]](大正5年)作。紙本著色六曲一双[[屏風]]。各183.0cm×390.0cm。
:: 国指定[[重要文化財]]。指定日:[[1971年]](昭和46年)[[6月22日]]。指定番号:01660。指定名称:'''紙本著色行く春図 川合玉堂筆 六曲屏風〉'''。員数: 一双<ref>昭和46年文部省告示第160号</ref>。所有者:[[国立美術館]]。保管施設:[[東京国立近代美術館]]。
:: 「文化遺産オンライン」(文化庁サイト)の解説で玉堂の代表作の一つに挙げられてい一点{{r|CHO_194603}}。[[サクラ|桜]]の季節の[[長瀞渓谷|長瀞]]の景勝を描く。■右列に画像あり参照)。「[[長瀞渓谷#描かれた長瀞渓谷]]」にも詳説あり。
* {{Anchor|悠紀主基屏風}}({{small|ゆきすき びょうぶ}})
:: [[1928年]](昭和3年)、[[山元春挙]]との合作。六曲ニ双屏風。[[東京国立博物館]]管理。[http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0054761]
* {{Anchor|溪山四時図屏風}} [http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0009858]
:: [[1939年]](昭和14年)作。六曲一双屏風。各168.7cm×373.8cm。[[東京国立博物館]]所蔵。
* '''{{Anchor|彩雨}}'''{{small|さいう}}) <ref name="CHO_79462">{{文化遺産オンライン|79462|彩雨}}</ref><ref>[http://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=2716]</ref>
:: [[1940年]](昭和15年)、67歳時の作{{r|CHO_194603}}。絹本著色墨画。軸・1幅。87.7cm×116.7cm。[[東京国立近代美術館]]所蔵。「文化遺産オンライン」(文化庁サイト)の解説で玉堂の代表作の一つに挙げられてい一点{{r|CHO_194603}}。
* '''{{Anchor|暮雪}}'''{{small|ぼせつ}}) <ref name="七尾_暮雪">{{Cite web |url=https://nanao-art-museum.jp/?p=5150 |title=暮雪図 |author= |date= |work=公式ウェブサイト |publisher= |accessdate=2019-04-28 }}</ref>
:: 『暮雪図』ともいう。[[1952年]](昭和27年)作。紙本著色。軸・1幅。125.0cm×30.7cm。池田コレクション。[[石川県七尾美術館]]所蔵。「文化遺産オンライン」(文化庁サイト)の解説で玉堂の代表作の一つに挙げられてい一点{{r|CHO_194603}}。
 
== 脚注 ==
16,134

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