「東京教育大学教育学部芸術学科構成専攻」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
5行目:
 
== 沿革 ==
東京教育大学教育学部芸術学科は、旧制[[東京高等師範学校]]芸能科を母胎とし、[[東京文理科大学]]、[[東京高等師範学校]]、[[東京体育専門学校]]、[[東京農業専門学校]]の合同によって創設された東京教育大学に開設。[[1949年]]の[[新制大学]]発足に際しては芸術学部とする予定であったが、これを将来に待つこととし、とりあえず教育学部の1学科として暫定的に置かれたと言われる<ref name="shukusatu1">『文理科大学新聞・教育大学新聞 縮刷版 1946-1973』1978年3月、317ページ</ref>。
 
1956年当時の芸術学科は、芸術学・絵画学・彫塑学・工芸建築学・構成学の5講座で、書学はまだ申請中だった。また、1955年には学部卒業生が学ぶための芸術学専攻科が創設された。この時点では、国立大学に芸術学関係の大学院はまだなく、ここと[[東京芸術大学]]に専攻科が置かれていただけだった<ref name="shukusatu1"/>。また、工芸建築学が立体構成を主にしていたのに対し、構成学は平面構成を主にしていた<ref name="shukusatu1"/>。
1949(昭和24)年の諸座編成は、芸術学・絵画学・彫塑学・工芸学・構成学の5専攻となる。工芸学の科目内容は、工芸学概論、工芸材料学、木材工芸学、木材実習、金属工芸学、金属実習、工芸史、建築学概論、建築設計を専門科目とした。構成学の専門科目は、構成学概論及構成原理、色彩学、図学、図学実習、意匠様式論及裝飾美術史、図案構成法、平面構成実習、立体構成実習であった。これら科目以外に専門以外の全学の科目から52単位を履習することが求められた。<ref Name=あ>東京教育大学一覧、昭和和24年版、東京教育大学、1949</ref>
 
1955(昭和30)年、工芸学を工芸建築学に改称<ref>鈴木博雄、東京教育大学百年史</ref>するが、1958(昭和33)年、工芸と改称。<ref Name=あ/>
 
1956年当時の芸術学科は、芸術学・絵画学・彫塑学・工芸建築学・構成学の5講座で、書学はまだ申請中だった。また、1955年には学部卒業生が学ぶための芸術学[[専攻科]]が創設された。この時点では、国立大学に芸術学関係の[[大学院]]はまだなく、この大学と[[東京芸術大学]]に専攻科が置かれていただけだった<ref name="shukusatu1"/>。また、工芸建築学が立体構成を主にしていたのに対し、構成学は平面構成を主にしていた<ref name="shukusatu1"/>。
 
また、工芸建築学が立体構成を主にしていたのに対し、構成学は平面構成を主にしていた<ref name="shukusatu1"/>。
 
1965(昭和40)年、工芸を工芸・工業デザインと改称し、工業デザイン講座を設ける。<ref Name=あ/>
 
1973(昭和48)年、筑波大学開学。1975(昭和50)年、芸芸術専門学群が開設される。芸術学(芸術学、美術史)、美術(絵画、彫塑、書)、構成(構成、総合造形)及びデザイン(視覚伝達デザイン、生産デザイン、環境デザイン、建築デザイン)を置いた。また大学院に修士課程として芸術研究科(美術、デザイン)を、博士課程として芸術学研究科を置いた。<ref>筑波大学の基本構成、筑波大学、1980</ref>
 
芸術学科の入学試験では、全専攻に実技試験が課されていた<ref name="shukusatu1"/>。1966年入試からは、入学試験科目から数学が除かれた<ref name="shukusatu2"/>。