「CR機」の版間の差分

 
== 歴史 ==
初のCR機は[[1992年]]8月、6メーカーから同時発表された。[[京楽産業.|京楽]]の「[[CRフラワーショップ]]」、[[西陣 (企業)|西陣]]の「CRうちどめくん」、[[SANKYO]]の「CRフィーバーウィンダム」、[[ニューギン]]の「CRエキサイトロイヤル」、[[三洋物産|三洋]]の「CRミラージュナイト」、そして[[竹屋]]の「CRノーザ」である。同年中には、これらに続いて[[平和 (パチンコ)|平和]]の「CRシグマ」、[[大一商会]]の「CRエルドラド」、[[マルホン]]の「CRワンダフル」も、それぞれ各社のCR一号機として登場している。CR機登場後しばらくは、現金機の連チャン機が市場を席巻していたことや導入コストの問題、後述する変造カード問題、それら諸問題を取り上げた業界紙の記事<ref>「グリーンべると」1992年5月号 パッキーカードのセキュリティーは大丈夫なのかより</ref>などから、パチンコ店が導入を見送るケースもあり販売台数もさほど伸びなかった。
 
そうした状況が一変しCR機が爆発的に普及するようになったきっかけと言われるのが、[[1993年]]11月に起こった「[[ダービー物語]]事件」である。この事件の直前、パチンコメーカーの組合である[[日本遊技機工業組合]](日工組)が現金タイプの連チャン機自粛を決定していたが、「[[ダービー物語]]事件」によって、埼玉県内のホールおよびメーカーである[[平和 (パチンコ)|平和]]から逮捕者が出るなどの騒動となったため現金機の[[連チャン]]が厳しく規制される一方、CR機に限って確率変動などの連チャン機能を認めた。