「日本相撲協会」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
ページの白紙化
タグ: 白紙化 サイズの大幅な増減 モバイル編集 モバイルウェブ編集
119.224.169.250 (会話) による ID:72869924 の版を取り消し rvv
タグ: 取り消し サイズの大幅な増減
1行目:
{{混同|日本相撲連盟}}
{{出典の明記|date=2018年1月24日 (水) 23:42 (UTC)}}
{{基礎情報 非営利団体
|名称=公益財団法人日本相撲協会<br />''Japan Sumo Association''
|ロゴ=
|画像=Ryogoku Great Sumo Hall.jpg
|画像サイズ=200px
|画像説明=[[両国国技館]]
|創立者=
|団体種類=[[公益財団法人]]
|設立=[[2014年]][[1月30日]]
|所在地=[[東京都]][[墨田区]][[横網]]一丁目3番28号
|起源=東京大角力協会
|主要人物=理事長 保志信芳([[北勝海信芳|八角信芳]]) <br/>事業部長 中山浩一 ([[琴風豪規|尾車浩一]])<br/>総合企画部長 青木康([[大乃国康|芝田山康]])
|活動地域={{JPN}}
|製品=
|主眼=
|活動内容=日本国内における相撲興行
|活動手段=[[本場所]]・[[花相撲|巡業]]の[[興行]]
|収入=114億6,040万3,612円(経常収益・2015年12月期)
|基本財産=95億7,236万476円(2015年12月31日現在)
|ボランティア人数=
|従業員数=
|会員数=
|子団体=[[相撲博物館]]
|標語=
|ウェブサイト= http://www.sumo.or.jp/
|解散=
|特記事項=
}}
'''公益財団法人日本相撲協会'''(にほんすもうきょうかい、{{Lang-en|''Japan Sumo Association''}})は、[[大相撲]]興行の幕内最高優勝者に対して「摂政宮賜杯」(現在の[[天皇杯|天皇賜杯]])を授与するために[[1925年]]に[[財団法人]]として設立され、[[2014年]]に[[公益財団法人]]に移行した相撲興行団体である。[[公益法人]]としての法人格の取得及び維持のため、[[相撲]]競技の指導・普及、相撲に関する[[伝統文化]]の普及を[[定款]]上の目的としている。
 
== 概要 ==
日本相撲協会は、[[公益法人]]でありながら、営利的かつ職業的な相撲興行を全国規模で開催している唯一の[[法人]]である。公益財団法人に移行する前は、[[文部科学省]][[スポーツ・青少年局]]競技スポーツ課所管<ref>[[中央省庁再編]]前は[[文部省]]</ref>特例財団法人であった。通称「相撲協会」。日本国外のメディアでは「Japan Sumo Association」およびその略称の'''JSA'''が使われる。
 
[[定款]]第3条(目的)には、「この法人は、太古より五穀豊穣を祈り執り行われた神事(祭事)を起源とし、我が国固有の国技である相撲道の伝統と秩序を維持し継承発展させるために、本場所及び巡業の開催、これを担う人材の育成、相撲道の指導・普及、相撲記録の保存及び活用、国際親善を行うと共に、これらに必要な施設を維持、管理運営し、もって相撲文化の振興と国民の心身の向上に寄与することを目的とする。」との定めがあり、この建前に基づき、青少年・学生への相撲の指導奨励<ref>ただし、[[アマチュア相撲]]は[[日本相撲連盟]]が統括している。</ref>、[[相撲教習所]]の維持運営、[[国技館]]の維持運営、[[相撲博物館]]の維持運営などをしているものの、現状の主な事業は、[[本場所]]・[[花相撲|巡業]]の[[興行]]である。構成員は、[[年寄]]、[[力士]]、[[行司]]、[[呼出]]、[[床山]]、[[若者頭]]および[[世話人]]などである。
 
[[公益法人]]としての適格性については、[[公益事業]]として相撲の指導普及を図るため指導普及部を設置し、指導普及部一般会員の進級試験も行っているものの、「[[興行]]に拘りすぎて、[[財団法人]]としての責任義務を果たしていないのではないか」という意見が多数ある。また、公益法人制度改革に関する有識者会議においても、法人の公益性の存在について疑義が提示された<ref>内閣官房行政改革推進室[http://www.gyoukaku.go.jp/jimukyoku/koueki-bappon/yushiki/dai4/4gijiroku.html 「第4回 公益法人制度改革に関する有識者会議」議事録]における[[星野英一]]発言</ref>。
 
==不祥事==
近年では数々の不祥事が明るみに出て、公益法人としての責任・あり方が問われている。
 
[[2007年]]には「[[週刊現代]]」による[[八百長#大相撲|八百長]]疑惑報道、時津風部屋力士暴行死事件、[[横綱]]・[[朝青龍明徳]]の無断帰国・巡業休場問題が相次いで発生し世間の注目を集めた(朝青龍は[[2010年]]に別の不祥事の責任を取り[[引退]]。また八百長疑惑については「週刊現代」の出版元である[[講談社]]を相手取り、力士・年寄により損害賠償を求める複数の[[民事訴訟]]が提起され、2011年2月現在すべて勝訴している)。
 
[[2008年]]8月には、現役力士の大麻所持が発覚。協会の再発防止検討委員会が実施した抜き打ち[[ドーピング検査|薬物検査]]で陽性反応が出て、当時の[[北の湖敏満]]理事長が辞職した<ref>この検査は、[[世界アンチ・ドーピング機関]]及び[[日本アンチ・ドーピング機構]]の認定検査機関である[[三菱化学メディエンス]]が実施した。</ref>。
 
2010年5月には[[大関]]・[[琴光喜啓司]]の[[野球賭博]]関与<ref>親方らから事情聴取 野球賭博報道で相撲協会 MSN産経ニュース、2010年5月20日</ref>に端を発し、少なからぬ力士が常習的に野球賭博を行っていたことが明るみに出た。さらに同年6月には現役の親方が[[暴力団]]幹部に[[本場所]]を維持員席(いわゆる「砂かぶり席」)で観戦させていたことが発覚した。
 
[[2011年]]にはそれまで協会が否定しつづけてきた八百長疑惑で、警察によって八百長に関与したとされる力士の携帯電話のメールの存在が明らかとなり、一部力士が関与を認めたとされ、これを受けて相撲協会は史上初めてとなる「不祥事による本場所開催の中止」を決定した。
 
[[2017年]]から[[2018年]]にかけては、秋巡業中に横綱・[[日馬富士公平]]による幕内・[[貴ノ岩義司]]への酒席での暴行(日馬富士は引責により引退。後に貴ノ岩も付き人に暴行を行い引責により引退)など部屋内外での暴力行為の続出、立行司による[[セクシャルハラスメント]]行為の発覚、[[十両]]・[[大砂嵐金崇郎]]による無免許運転行為(大砂嵐は引退勧告を受け引退)など、協会内における不祥事が相次いで続出。さらに2018年春巡業での大相撲舞鶴場所では[[多々見良三]][[舞鶴市]]長が土俵上での挨拶中に倒れ、[[救命処置]]のため土俵に上がった女性たちに対し「女性の方は土俵から降りてください」と行司により複数回アナウンスがなされる<ref>[https://www.youtube.com/watch?v=35aIqDTYOD8 大相撲舞鶴場所、舞鶴市長倒れ、救命女性に「女性は土俵から降りて下さい」とアナウンス]</ref><ref>[http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20180404000146 救命女性に「土俵から下りて」 大相撲巡業、市長倒れ]</ref><ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201804040000764.html 若手行司が女人禁制の指摘に慌て土俵降下アナウンス]</ref><ref>[http://www.yomiuri.co.jp/national/20180404-OYT1T50190.html 市長の応急処置で土俵上がった女性に「下りて」]</ref>など、巡業における救命体制や「[[女人禁制]]」との問題点が日本国内はもとより海外にも記事が配信され、国際的に批判を浴びている<ref>[https://www.sankei.com/sports/news/180406/spo1804060002-n1.html 女性土俵問題、米でも報道 「日本の差別反映」と批判] - 産経ニュース 2018年4月6日</ref>。
 
{{Main|時津風部屋力士暴行死事件|大相撲力士大麻問題|大相撲野球賭博問題|大相撲八百長問題}}
=== 相次ぐ暴力行為と暴力行為禁止規定の施行 ===
{{Main|日馬富士公平#傷害事件・引退|貴ノ岩義司#付き人への暴行と引退}}
 
2017年に起きた横綱・日馬富士による幕内・貴ノ岩に対する傷害事件を皮切りに、力士による付き人など後輩力士への暴力行為の発覚が相次ぎ、協会は2018年10月25日に「指導名目その他、いかなる目的の、いかなる暴力も許さない」などとする7条にわたる「暴力決別宣言」を発表した<ref>[http://www.sumo.or.jp/IrohaKyokaiSocialResponsibility/ketsubetsu 暴力決別宣言] - 日本相撲協会公式サイト</ref><ref>[https://www.jiji.com/jc/article?k=2018102501203&g=spo 相撲協会が暴力決別宣言=防止策に禁止規定制定など] - 時事ドットコム 2018年10月25日</ref>が、それから間もない11月に、日馬富士の一件では被害者であった貴ノ岩が巡業中に付き人への暴力行為を行ったことが発覚する。一連の暴力行為発覚に対して、協会は同年12月19日の臨時理事会で21条にわたる「暴力行為禁止規定」を定め、同日付で施行した<ref name="jiji05586">[https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121905586&g=spo 暴力禁止規定を施行=横綱は引退勧告以上-相撲協会] - 時事ドットコム 2018年12月19日</ref><ref>[https://www.sponichi.co.jp/sports/news/2018/12/19/kiji/20181219s00005000192000c.html 理事会 横綱の暴力は「引退勧告以上」日本相撲協会が力士暴力の処分基準定める] - スポーツニッポン 2018年12月19日</ref><ref>[https://www.sanspo.com/sports/news/20181219/sum18121921010007-n1.html 横綱の暴力は引退勧告以上 相撲協会が処分基準を承認、禁止規定も] - サンケイスポーツ 2018年12月19日</ref><ref>[https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121906188&g=spo 力士の暴力に対する処分基準(要旨)] - 時事ドットコム 2018年12月19日</ref>。暴力行為が発覚した場合、協会員に対する処分内容としては、
#.横綱の場合は、「横綱は最高位で、社会的責任も大きい([[多賀竜昇司|鏡山]]危機管理部長)」として'''「引退勧告」以上'''の厳重な懲戒処分を行う。
#.関取の場合は、出場停止1場所が一応の基準とし、事案の内容、程度、情状、その関取の番付などを考慮することにより、適切な懲戒処分を行う。
#.幕下以下の場合は、事案の内容、程度、情状、番付などにより、出場停止のほか譴責、または懲戒に至らない注意処分なども選択し得ると考える。その力士が未成年者かどうかなど、年齢も重要な要件となる。
#.未成年力士については、師匠の指導に付する処分を設ける。
#.親方衆(による暴力行為)については、「現役力士以上に厳しく対処する([[北勝海信芳|八角]]理事長)」としている。
 
また、暴力再発防止のためのコンプライアンス委員会を新設し、委員長に前[[名古屋高等検察庁]]検事長の[[青沼隆之]]、外部委員に[[安倍嘉人]](元[[東京高等裁判所]]長官)、[[神津カンナ]](作家・エッセイスト)が就任した。同時に鏡山危機管理部長に加え、各[[一門 (相撲)|一門]]の親方衆から出来山(元関脇・[[出羽の花義貴|出羽の花]]、[[出羽海一門]])、西岩(元関脇・[[若の里忍|若の里]]、[[二所ノ関一門]])、勝ノ浦(元幕内・[[起利錦利郎|起利錦]]、[[時津風一門]])、東関(元幕内・[[潮丸元康|潮丸]]、[[高砂一門]])、大島(元関脇・[[魁輝薫秀|魁輝]]、[[伊勢ヶ濱一門]])を委員に任命し、暴力問題などの通報、相談窓口とした<ref name="jiji05586"/>。
 
なお、暴力行為禁止規定新設後の2019年1月に発覚した[[鳴戸部屋]]の三段目力士による弟弟子への暴行事案では、同年2月8日にコンプライアンス委員会による答申が規定施行後初めて出され、当該力士には三段目ではあるが行為が悪質だったとして、「引退勧告相当」の意見を答申している(当該力士は臨時理事会の議決前に引退届を提出し、受理された)<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201902080000528.html 暴力行為の鳴戸部屋三段目力士が引退 親方減給処分] - 日刊スポーツ 2019年2月8日</ref>。
 
暴力問題は相撲協会の財政に爪痕を残しており、2018年度の決済で暴力問題再発防止検討委員会が協会員らに行った調査費用に約2億円かかったことなどが明らかになっている。この出費の結果として2017年度より黒字額が約3億4400万円減少した<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201903270000149.html 相撲協会黒字は3・4億減 暴力問題の調査費2億円] 日刊スポーツ 2019年3月27日8時28分(日刊スポーツ新聞社、2019年4月14日閲覧)</ref>。
 
== 沿革 ==
母体は東京に本拠を置いた「東京大角力協会」であり、その起源は江戸時代に遡る。下記以外の歴史については、[[大相撲#歴史|『大相撲の歴史』]]を参照。
 
* [[1925年]][[12月9日]] - [[時事通信社]]が「東京大相撲協会が財団法人大日本相撲協会に組織替え」と報道(当時の正式名称は「東京大角力協会」)。
* 1925年[[12月28日]] - '''財団法人大日本相撲協会'''設立が許可される。
*:当時[[摂政]][[皇太子]]であった[[昭和天皇]]の台覧のおり下賜された奨励金から「摂政宮賜杯」(現在の[[天皇杯|天皇賜杯]])をつくったが、興行主に過ぎない団体が[[菊花紋章]]の入った優勝杯を使用するわけにはいかず、財団法人設立の許可を受けた。この許可も、そもそも団体の存在に公益性がないことからどうやら難しそうだと見て、あえて年末に申請して強引に許可を受けたという裏話が残っている。
* [[1927年]][[1月5日]] - [[大坂相撲]]協会が解散し、大日本相撲協会に合流して、東西大相撲が合併。
* 1927年[[1月7日]] - 新しい[[番付]]を発表(1925年から1926年にかけて行われた東西連盟大相撲の成績をもとに作成)
* 1927年[[1月8日]] - 役員改選し、会長には[[福田雅太郎]]([[陸軍大将]])が就任。
* [[1928年]]1月 - 大日本相撲協会に改称。
* [[1966年]][[4月1日]] - 財団法人大日本相撲協会から'''財団法人日本相撲協会'''に改称([[文部省]]関係許可認可等臨時措置令施行規則の一部を改正する[[省令]](昭和41年文部省令第6号))。
* [[2014年]][[1月28日]] - 公益財団法人の認定を受ける<ref>{{PDFlink|[http://www.sumo.or.jp/pdf/kyokai/1401information.pdf 公益財団法人の認定を受けて]}} 日本相撲協会 2014年1月28日</ref>。
* [[2014年]][[1月30日]] - 財団法人日本相撲協会から'''公益財団法人日本相撲協会'''に改称。
 
== 役員 ==
{{節スタブ}}
公益財団法人となったため、役員の規定が大きく変わった。
 
=== 評議員 ===
* 定款第12条に基づき、評議員の定数は5名以上7名以内(総数の過半数は外部有識者)。
** 力士経験者からも3名以内が評議員として選出されるが、理事の選任や解任など強い権限を持つため年寄との兼務が認められておらず、現役年寄が選任された場合は評議員就任ともに年寄株を持ったまま年寄をいったん退任する<ref>{{Cite news |title=評議員に就任→年寄を一度退任 相撲協会、公益法人認定 |newspaper=スポニチアネックス |date=2014-01-29 |url=http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2014/01/29/kiji/K20140129007476900.html |accessdate=2017-11-14}}</ref>。したがって理事以下の役職には就かず、番付をはじめ相撲協会のHPにも本名で記載される。2014年3月場所の番付では、当時の評議員[[大徹忠晃]]、[[巌雄謙治]]、[[大竜忠博]](いずれも現役時代の四股名)の3名が、本名で記載された。その後も異動(辞任、新任)が番付に反映された。ただし、2018年3月26日の評議員会で新たに選任された力士出身の評議員は3人とも現役の年寄ではなかった<ref>{{Cite news |title=現職7人と新任3人 10人の親方を理事に選任 |newspaper=毎日新聞 |date=2018-03-26 |url=https://mainichi.jp/articles/20180327/k00/00m/050/119000c |accessdate=2018-03-26}}</ref>。
* 任期は、選任後4年以内に終了する事業年度のものに関する定時評議員会の終了の時まで。すなわち、2018年3月~2022年3月(予定)開催の評議員会まで。
 
{| class="wikitable"
!colspan="2"|氏 名!!肩 書!!備 考
|-
|rowspan="4"|外 部||[[池坊保子]]||元[[文部科学副大臣]]||評議員会議長
|-
|[[海老沢勝二]]||元[[日本放送協会]]会長<br/>第11代[[横綱審議委員会]]委員長<br/>元日本相撲協会外部理事||
|-
|[[瀧野欣彌]]||元[[内閣官房副長官]]||
|-
|[[木村惠司]]||元[[三菱地所]]会長||
|-
|rowspan="3"|力士出身者||森田武雄||元関脇・[[藤ノ川武雄]]<br/>元日本相撲協会内部理事||
|-
|石田佳員||元関脇・[[鷲羽山佳和]]<br/>元日本相撲協会内部理事||
|-
|小塚一||元前頭2枚目・[[朝乃翔嚆矢]]||
|}
 
=== 理事・副理事 ===
理事は、年寄から選ばれる理事候補と、外部から選ばれる理事候補から、評議員会によって任命される。定員は10名から15名の間。年寄からの理事候補は、全年寄による単記無記名の投票によって選出される。(以前の財団法人時代には、現役力士代表と立行司にも選挙権があったが、公益財団法人移行にともない、力士と行司の選挙権はなくなった)
 
理事会は互選で理事長(代表理事)を選出する。年寄からの理事で、理事長以外の理事が業務執行理事となる。
 
また、副理事は年寄による選挙により、年寄の中から副理事候補が選出され、理事会で任命される。
 
=== 監事 ===
監事は外部有識者2名から3名が、評議員会で任命される。
 
=== 現在の役員 ===
*'''太字'''は理事長経験者
{| class="wikitable"
|-
!colspan="2"|役職!!氏名!!肩書(内部理事は年寄名と現役時代の四股名)!!備考
|-
|colspan="2"|理事長||保志信芳||'''[[八角 (相撲)|八角信芳]]'''(第61代横綱・[[北勝海信芳]])||[[高砂一門]]
|-
|rowspan=23|理<br>事||事業部長||rowspan=3|中山浩一||rowspan=3|[[尾車|尾車浩一]](大関・[[琴風豪規]])||rowspan=3|[[二所ノ関一門]]
|-
|全国維持員会会長
|-
|[[相撲博物館|博物館]]運営委員
|-
|指導普及部長||rowspan=4|黒谷昇||rowspan=4|[[鏡山 (相撲)|鏡山昇司]](関脇・[[多賀竜昇司]])||rowspan=4|[[時津風一門]]
|-
|生活指導部長
|-
|危機管理部長
|-
|博物館運営委員
|-
|地方場所部長(福岡)||小林秀昭||[[境川 (相撲)|境川豪章]]([[小結]]・[[両国梶之助]])||[[出羽海一門]]
|-
|巡業部長||rowspan=3|綛田清隆||rowspan=3|[[春日野|春日野清隆]](関脇・[[栃乃和歌清隆]])||rowspan=3|出羽海一門
|-
|[[相撲競技監察委員会|監察委員長]]
|-
|警備本部長
|-
|地方場所部長(名古屋)||小岩井昭和||[[出羽海|出羽海昭和]]([[前頭|前]]2・[[小城乃花昭和]])||出羽海一門
|-
|[[相撲教習所|教習所長]]||平野兼司||[[山響|山響謙司]](前1・[[巌雄謙治]])||出羽海一門
|-
|広報部長||rowspan=3|青木康||rowspan=3|[[芝田山|芝田山康]](第62代横綱・[[大乃国康]])||rowspan=3|二所ノ関一門
|-
|総合企画部長
|-
|博物館運営委員
|-
|[[勝負審判|審判部長]]||rowspan=3|手島広生||rowspan=3|[[阿武松 (相撲)|阿武松広生]](関脇・[[益荒雄広生]])||rowspan=3|二所ノ関一門
|-
|(ドーピング防止委員長)
|-
|[[新弟子検査]]担当
|-
|地方場所部長(大阪)||蓬田光吉||[[高島 (相撲)|高島大造]](関脇・[[高望山大造]])||[[伊勢ヶ濱一門]]
|-
|rowspan="3" style="text-align:center"|(外部理事)||[[山口壽一]]||[[読売新聞東京本社]]代表取締役社長||
|-
|[[今井環]]||元[[日本放送協会]]理事||
|-
|[[高野利雄]]||元[[名古屋高等検察庁]][[検事長]]||
|-
|rowspan="3" colspan="2" style="text-align:center"|監 事||[[岡部観栄]]||元[[高野山高等学校]]校長<br>[[高野山真言宗]][[興山寺(大分県)|興山寺]]住職||
|-
|[[梶木壽]]||元[[広島高等検察庁]]検事長||
|-
|[[福井良次]]||元[[総務省]][[総務審議官]]||
|}
 
2019年1月28日現在、出羽海一門が理事を4名出している一方、時津風一門、高砂一門、伊勢ヶ濱一門の理事はそれぞれ1名だけである。現役時代の最高位が「大関」以上の理事は3人で、「前頭」の理事が2人いることも特徴として挙げられる。
 
=== 理事長 ===
* 常ノ花以降の歴代理事長を一門別に分けると、出羽海一門7度、時津風一門2度、二所ノ関一門2度となる。
* 理事長は初代(陸軍中将)を除きすべて部屋持ち親方、もしくは部屋持ちの経験がある親方で、部屋持ちの経験がない親方が理事長を務めた例はない。理事長在任時に部屋持ちでなかった親方は武蔵川喜偉(理事長就任前の出羽海親方時代に部屋持ち経験あり)と任期後半の出羽海智敬(理事長職専念のため境川に名跡変更)の2人のみ。
* 再任経験があるのは北の湖敏満のみ。
 
==== 歴代理事長 ====
{| class="wikitable"
!代数!!名前!!一門!!在職期間!!最高位!!現役名!!備考
|-
|初代||[[廣瀬正徳]]||||[[1920年]]1月-[[1938年]]9月||||||陸軍[[主計]]中将
|-
|2代||[[常ノ花寛市|藤島秀光]]→出羽海秀光||出羽海||[[1944年]]3月-[[1957年]]5月||第31代[[横綱]]||常ノ花寛市||自殺未遂により任期途中で退任。
|-
|3代||[[双葉山定次|時津風定次]]||時津風||[[1957年]]5月-[[1968年]]12月||第35代横綱||双葉山定次||公選初代理事長。任期途中で死去。
|-
|4代||[[出羽ノ花國市|武蔵川喜偉]]||出羽海||[[1968年]]12月-[[1974年]]1月||[[前頭]]筆頭||出羽ノ花國市||
|-
|5代||[[栃錦清隆|春日野清隆]]||出羽海||[[1974年]]2月-[[1988年]]1月||第44代横綱||栃錦清隆||二子山が理事長代理
|-
|6代||[[若乃花幹士_(初代)|二子山勝治]]||二所ノ関||[[1988年]]2月-[[1992年]]1月||第45代横綱||若乃花幹士||
|-
|7代||[[佐田の山晋松|出羽海智敬]]→境川尚||出羽海||[[1992年]]2月-[[1998年]]1月||第50代横綱||佐田の山晋松||
|-
|8代||[[豊山勝男|時津風勝男]]||時津風||[[1998年]]2月-[[2002年]]1月||[[大関]]||豊山勝男||
|-
|9代||[[北の湖敏満]]||出羽海||[[2002年]]2月-[[2008年]]9月||第55代横綱||北の湖敏満||任期途中で[[大相撲力士大麻問題]]の責任を取り辞任
|-
|10代||[[三重ノ海剛司|武蔵川晃偉]]||出羽海||[[2008年]]9月-[[2010年]]8月||第57代横綱||三重ノ海剛司||任期途中で[[大相撲野球賭博事件]]の責任を取り辞任
|-
|代行||[[村山弘義]]||||[[2010年]]7月4日-8月5日<ref>当初は武蔵川の謹慎期間の7月25日までとされたが、武蔵川が病気入院した為、8月5日まで続投している。</ref>||||||[[東京高等検察庁]][[検事長]]を2000年に退官
|-
|11代||[[魁傑將晃|放駒輝門]]||二所ノ関||[[2010年]]8月-[[2012年]]1月||[[大関]]||魁傑將晃||
|-
|12代||[[北の湖敏満]]||出羽海||[[2012年]]2月-[[2015年]]11月20日||第55代横綱||北の湖敏満||任期途中で死去<ref>[http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2015/11/20/kiji/K20151120011544020.html 北の湖理事長が死去、62歳 直腸がん多臓器不全 優勝24回で一時代] スポニチアネックス 2015年11月20日20時28分</ref>。
|-
|代行||[[北勝海信芳|八角信芳]]<ref>[http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1568851.html 相撲協会、理事長代行は八角親方] 日刊スポーツ 2015年11月20日閲覧</ref>||高砂||[[2015年]]11月21日-12月17日||第61代横綱||北勝海信芳||事業部長による代行。後に正式に理事長に選出された。
|-
|13代||[[北勝海信芳|八角信芳]]||高砂||[[2015年]]12月18日-||第61代横綱||北勝海信芳||
|}
* 年寄名は就任時
* 戦前は会長職を置いていた。会長を務めたのは[[福田雅太郎]](1928年1月-1930年5月)、[[尾野実信]](陸軍大将、1930年5月-1939年5月)、[[竹下勇]](海軍大将、1939年5月-1945年11月)。福田も含めすべての会長が陸海軍の大将で、このことは[[ベースボールマガジン社]]発行の月刊誌「[[相撲 (雑誌)|相撲]]」のコーナーにおいても詰問されたことがあった。ただ、当時軍人をトップに戴いていた組織はそう珍しくはなかった(現在でも政治家や高級官僚OBを会長とする法人は珍しくない)。
 
====理事長辞任====
* [[1957年]][[5月]] 2代理事長 出羽海秀光 - 一族が経営する[[相撲茶屋]](現[[国技館サービス]])での不明朗な経理処理など、協会のありかたが[[国会]]で問われたことから、[[割腹]]自殺未遂<ref name="jinin"> 大相撲大麻疑惑:北の湖理事長が辞任…露鵬、白露山は解雇 2008年9月8日付 毎日新聞</ref>。
* [[2008年]][[9月]] 9代理事長 北の湖敏満 - [[大相撲力士大麻問題]](弟子の[[白露山佑太|白露山]]も解雇された)で理事長辞任<ref name="jinin"/><ref> 北の湖理事長が辞任、2力士の大麻疑惑「クロ」2008年9月8日付 読売オンライン</ref>。その後2012年2月に再任。
* [[2010年]][[8月]] 10代理事長 武蔵川晃偉 - 2010年[[5月]]に端を発した一連の[[大相撲野球賭博問題]]により、同年7月場所を謹慎後、一時復職するが、体調不良により理事長辞任<ref> 武蔵川理事長辞任、後任に放駒親方 2010年8月12日付 読売オンライン</ref>。
 
 
== 協会組織 ==
それぞれの長は理事が務め、その指示のもと各年寄が職務に当たる。2以上の部署を兼任する年寄も多い。
 
職階は従前と同じく、委員、主任、年寄で、理事、副理事でない副部長は役員待遇委員となる。なお、2014年11月より停年退職の年寄が再雇用される際は参与の処遇となって職務を分掌することになった。
 
* [[相撲教習所]]
*:新たに相撲協会に登録された力士を6ヶ月間指導教育する。
* 指導普及部
*:相撲伝承のため相撲技術の研修、指導普及相撲道に関する出版物の刊行等を行う。[[公益法人]]としての[[公益事業]]として一般会員の進級試験も担当する。原則として委員以下の年寄は全員所属する。
* 生活指導部
*:協会員の生活指導に当たり、適宜適切な指導を行う。部屋持ち親方は全員所属する。
* 事業部
*:東京での本場所の実施運営を行う。
* [[勝負審判|審判部]]
*:本場所相撲における勝敗の判定及び取組の作成を行う。番付の編成も審判部の所管である。
* 地方場所部
*:大阪、名古屋、福岡の地方本場所の実施運営を行う。
* 巡業部
*:地方巡業の実施運営を行う。
* 広報部
*:国内および海外に対する広報業務を行う。また、映像の撮影、製作、管理を担当する。
* 社会貢献部
*:災害の被災地支援などを行う。<ref>{{Cite news |title=相撲協会、被災地支援など目的とした「社会貢献部」を新設 |newspaper=SANSPO.COM |date=2017-01-26 |url=http://www.sanspo.com/sports/news/20170126/sum17012618260009-n1.html |accessdate=2017-01-28}}</ref>
* [[相撲競技監察委員会]]
*:本場所相撲における故意による無気力相撲を防止し、監察、懲罰することを目的とする。
* [[相撲博物館]]
*:主に相撲の研究、相撲資料の展覧・整理・保管および出版物の刊行を行う。国技館に併設されている。館長は協会を退職した横綱経験者が務めるのが通例であり、運営委員が理事から選任される。
* [[健康保険組合]]
*:日本相撲協会は独自に健康保険組合を運営しており、構成員全員をその組合員としている。主な業務は相撲協会[[診療所]]の運営であり、主に構成員の診療にあたるが、一般人の診療も可能である。
 
== 財団法人時代の役員 ==
=== 役員総説 ===
* '''役職・階級'''
** 最高位は理事長である。設立当時の最高位は会長だったが、戦後廃止された。
** 役職は、[[理事]]、副理事(2008年以前は監事)、役員待遇委員、委員、主任、[[年寄]](平年寄ともいう)の6職階に分かれている。なお、[[役員]]として[[監事]]が職階としてあったが、法人法制上は理事の監督機関であるはずの監事が、副部長として業務執行に関与するなどの実態が問題視された。そのため、監督官庁である[[文部科学省]]の指導により、法制上の監事は、現在外部登用をしている。それに対し、職階としての監事は「副理事」となった。また、[[1968年]]までは理事の上に取締という役職を置き、取締が協会運営の中枢を担っていた。さらに、かつては、主任の上位に参与の職階があったが、公益財団法人転換直前には、参与の職階に属する年寄は全くいなかった。
*** 力士は、[[引退#大相撲|引退]]後に平年寄(元[[横綱]]は引退後5年間、元[[大関]]は同様に3年間委員待遇)として指導普及部へ配属され、警備などを担当する。その後の改選時に主任、さらには委員に昇格する。ただし、[[年寄名跡]]を所有していない、いわゆる借株の年寄は平年寄に留め置かれ、番付においては、年寄株を所有している他の平年寄より下に置かれる。
* '''定員'''
** 役員(理事・副理事)の定数は、[[寄附行為]]の定めにより、理事は9名以上13名以内、副理事は3名以内。
* '''任期・選任方法'''
** [[理事長]]は理事の互選で定める。
** 役員(理事・副理事)の任期は2年で、西暦偶数年の1月場所後に選任される。
** 役員は、評議員([[年寄名跡]]105名以内+一代年寄2名、現役力士4名以内、[[行司]]2名以内で構成)の投票による選挙で選出される。現役力士、行司の評議員は、それぞれ[[力士会]]、行司会の互選で定める。
*** 現役力士の評議員は、慣例として日本国籍を有する番付上位(横綱・大関)の者が選ばれる。2000年代後半以降は横綱・大関に占める外国人力士の割合が高くなったため、現役力士の評議員は慢性的に4人を割り続けている。2011年7月場所で大関魁皇が引退同年9月場所後に琴奨菊が大関に昇進するまで、該当者がいなくなっていた時期がある。
*** 行司の評議員は[[立行司]]がつとめるのが慣例である。
** 役員(理事・副理事)の立候補・投票制度は、1968年1月の協会機構改革により、確立された。1968年の最初の選挙では、監事候補が4名になったため、投票が行われた(高砂一門の[[鯱ノ里一郎|若松親方]]が落選)が、それ以来、各[[一門 (相撲)|一門]]が一門別の評議員(選挙人)に応じて立候補者数を調整し、理事・監事選挙に臨んだため、[[1970年]]から[[1996年]]までの連続14期・28年間は、全ての理事・監事が無投票で選出されていた。選挙が行われた時期は、[[1998年]]、[[2000年]]、[[2002年]]、[[2010年]]、[[2012年]]、[[2014年]]の6回である([[一門 (相撲)#協会理事と一門|協会理事と一門]])。
*** 1998年の改選の際には、間垣親方([[若乃花幹士_(2代)|2代若乃花]](二所ノ関一門))および8代高田川親方([[前の山太郎]](高砂一門を破門))が一門の調整外で立候補し、18代陣幕親方([[北の富士勝昭]](高砂一門))が候補から外されたことで協会を退職したため、理事候補者が11人となり、初めて投票による理事選挙が実施された(当時の理事定数は、7名以上10名以内)。
*** 2010年2月の改選の際には、[[貴乃花光司]]が、二所ノ関一門を離脱して、調整外で立候補することを表明。定数10に対し、11人が理事に立候補することとなり、2002年以来4期ぶりに理事選挙の投票が実施された。その結果、貴乃花親方が当選し、現行の役員制度になってから5番目に若い理事となった。
* '''外部役員の導入'''
** [[時津風部屋力士暴行死事件]]で元[[双津竜順一|時津風]]親方らが逮捕されたことを受け、監督官庁の[[文部科学省]]から「外部の識者を相撲協会の理事に迎えて、相撲ファンの声が届くような体制にして戴きたい」と強く指導されたため、協会では[[寄附行為]](企業の[[定款]]に相当)を変更するとともに、2008年[[9月30日]]、臨時理事会と評議員会を開催し、戦後初めて親方以外から理事2名および監事1名を決定、選任した<ref> 日本相撲協会 役員外部招聘 時事通信 2008年9月30日閲覧</ref>。同時に、3名の親方が務めていた監事は副理事に名称変更された。
** また、外部理事及び監事は、[[番付]]には記載されなかった。
* '''役員経験者の処遇'''
** 理事長経験者は[[相談役]]として、理事と同等の待遇を受ける。また、理事経験者や副部長の職責を全うできる者は、役員待遇として副理事と同等の待遇を受けることができる。
 
=== 理事・監事 ===
寄付行為により、理事定数は10名以上15名以内(うち年寄7名以上10名以内、外部理事5名以内)、[[監事]]定数は3名以内。
 
理事長以外の理事は各部の部長を務める。監事は、理事会及び評議員会に出席できるものの議決権はない。[[法律]]では、財団法人の監事は、「理事の業務執行の状況を監査する」機関である。しかし、監事が外部役員となるまでは、理事の部長に対して、監事は副部長として業務執行に従事するなど、法制度を無視する業務執行が行われ、監事の理事の業務執行に対する監査機能が軽視されていた。
 
== 諮問機関 ==
諮問機関には、[[横綱審議委員会]]、運営審議会の2つがある。2007年には先述の時津風部屋における事件を踏まえて有識者を含む「'''再発防止検討委員会'''」を発足させた。委員は、協会からは伊勢ノ海、友綱、秀ノ山、中村、桐山、松ケ根、千賀ノ浦、井筒の8親方、外部からは塔尾武夫([[日本相撲連盟]]副会長)、[[やくみつる]]([[漫画家]]で[[好角家]]としても知られている)、山口弘典([[日本プロスポーツ協会]]前副会長)、[[山本浩]](元[[日本放送協会|NHK]][[解説委員]])。
 
== ガバナンスの整備に関する独立委員会 ==
日本相撲協会全般の改革を目的として外部有識者からなる。
議決権の無い[[オブザーバー]]として親方や力士も参加する。
2010年7月10日発足。第1回会合は7月16日に開かれた。
委員会のメンバーは、[[奥島孝康]]、[[木暮浩明]]、[[山本浩]]、[[岡本浩一]]、[[中島隆信]]、[[菅原哲朗]]、[[新田一郎 (法学者)|新田一郎]]、[[深沢直之]]、[[前田雅英]]、[[渡邉美樹]]、[[森まゆみ]]。
 
== 日本相撲協会自立就職支援相談室の設置 ==
日本相撲協会は、力士引退後の不祥事や、引退間際のトラブル、新弟子入門時の不安解消など、今までの各部屋や師匠任せになっていた力士の引退時のサポートを相撲協会本体で支援するために平成22年9月末日に理事会で承認し、同年10月1日より「[[日本相撲協会自立就職支援相談室]]」を設置した。
外部のコンサルティング企業に運営は委託しており、平成23年初場所より引退力士向けのセミナーなどを開催している。
 
活動内容は関連セミナーの運営、個別相談、インターンシップ先の紹介、民間ハローワークへの紹介など多岐にわたる。
 
== 処分 ==
協会が賞罰規定で取り得る処分には、譴責・給与手当減額(減俸)・[[出場停止]]・番付降下(親方衆は降格。降格ができない場合は一定期間昇格見送り)・引退勧告・[[解雇]]・[[除名]]がある。また、賞罰規定にはないが部屋持ちの親方が処分相当となった際に部屋を閉鎖させた(取り潰した)こともある。除名以外は理事会の決議で発動できる。なお、厳重注意は賞罰規定に定められた正式な処分ではない<ref>[https://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/201904240000892.html 日本相撲協会の処分は7項目 厳重注意は該当せず] 日刊スポーツ 2019年4月24日20時32分(日刊スポーツ新聞社、2019年4月28日閲覧)</ref>。
 
=== 除名 ===
除名は旧法財団法人下では協会において最も重い懲罰と位置づけられ、理事会の4分の3以上の賛成で評議員会を招集、さらにその4分の3以上の賛成によって特別決議すると定められていた。{{main|除名#日本相撲協会の除名}}
 
[[1925年]]([[大正]]14年)に旧法財団法人日本相撲協会が設立された後、旧法財団法人、公益財団法人を通じて除名となった力士・親方はおらず、特に昭和末期以降は確定までの過程が理事会のみと緩い「解雇」によって除名と同等の意味を持たせるケースがほとんどを占める(後述)。戦前には[[清水川元吉|清水川]]や[[真鶴秀五郎|真鶴]]、[[玉乃海太三郎|福住]]などが除名された例として存在するが、どれも正式な懲戒処分としては認められていない。この内清水川と福住は一定期間を経て処分を解除され、大相撲に帰参した。
 
しかし、明治時代には運営方法の対立から相撲協会とは別の団体を立ち上げようとした力士数名が除名となり、[[1873年]](明治6年)冬場所の番付の四股名は墨塗りされてしまった<ref>[http://www.nikkansports.com/sports/sumo/news/f-sp-tp3-20100622-644522.html 「相撲協会の除名とはどんな処分か?」] - [[日刊スポーツ]]2010年6月22日付。</ref>。解雇と異なる点として、『週刊ポスト』2012年8月17・24日号では名前や成績などの記録が一切抹消される点が説明されている。{{main|番付#特殊事情の場合}}
 
現在の公益財団法人体制では、実務上除名に相当するのは「解雇」となる(後述)。解雇処分ではファンの理解を得られない余程の事態があった場合に評議員会の特別決議で対応する形を取る<ref>[http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20171115-OHT1T50008.html 相撲協会、日馬富士の処分先送り 長期化も辞さず] - スポーツ報知 2017年11月15日掲載。</ref>。
 
=== 解雇 ===
協会における「解雇」は、一般企業の[[懲戒解雇]]と[[諭旨解雇]]の中間的な形と位置づけられている。理事会において機動的に処理できることから1990年代以降、罪を犯した現役力士や親方衆を協会からの永久追放に付す意味で使われている。除名はヤクザ社会の「[[絶縁 (人間関係)|絶縁]]」に相当するが、解雇でも「(形式上でも)引退を許さない」点で「[[破門]]」に相当する重い処分であり、相撲のプロ組織は協会以外にない、さらに一度協会を去った力士や親方衆の復職は認められていない<ref>日本相撲協会寄附行為施行細則96条 - MMTS相撲ホームページ 2010年7月4日閲覧。</ref>ため処分を受けた者は事実上選手生命を絶たれることになる。{{see also|絶縁 (人間関係)#ヤクザの絶縁|破門#ヤクザの破門}}
 
解雇を行う場合、理事会の4分の3の賛成で決議される。[[大相撲#養老金|養老金]]、[[大相撲#勤続加算金|勤続加算金]](一般企業の[[退職金]]に相当)は理事会において支給見送りの付帯決議がなされなかった場合、本人からの請求によって支払われる。特別功労金(一般企業の特別退職金に相当。横綱・大関のみ)は支払われない。{{see also|大相撲#力士の退職金}}
 
[[2009年]]([[平成]]21年)に解雇となった[[鈴川真一|若麒麟真一]]の事例では除名を求める声もあったが外部役員から「養老金を支払わないために(前年の解雇と同様の事例を)除名にするのはおかしい」との指摘があり解雇に落ち着いた。このため協会は寄付行為施行細則を改正し、解雇であっても理事会の付帯決議で養老金の一部または全部を支払わないことができると定められた<ref>[http://www.sumo.or.jp/kyokai/goannai/0024/yakuin_taishoku.html 役員の退職金規定について] - 日本相撲協会公式ホームページ 2010年7月4日閲覧。</ref>。ただ、養老金・退職金を受け取る権利を与えられた解雇者であっても若麒麟をはじめ請求しなかった例も多い。{{see also|鈴川真一#大麻取締法違反}}
 
[[2007年]](平成19年)の15代時津風親方の時は解雇者への養老金支払いについて明文規定がなかったにもかかわらず支払いが凍結されたため裁判に持ち込まれ、結局支払うことで両者が和解した。{{main|双津竜順一#来歴}}
 
=== 引退勧告 ===
賞罰規定による引退勧告処分は、[[2014年]](平成26年)の公益財団法人化と同時に定められた。強制力のある『解雇』程ではないものの、土俵に上げさせない覚悟もあるという意思を表明すると位置づけられていて、[[公務員]]の依願退職に近い形で運用することを期待されている。この形での適用第一号となったのは、[[2018年]](平成30年)の[[大砂嵐金崇郎|大砂嵐]]である。{{main|免職#諭旨免職(依願退職)}}
 
協会には賞罰規定とは別に'''『故意の無気力相撲に対する懲罰規定』'''も存在しており、こちらでは以前から'''「引退勧告」'''の制度があった。{{see also|大相撲八百長問題#4月11日に引退勧告を受けた力士}}
 
なお、力士のうち横綱の番付降下は事実上不可能であるため、これに相当する場合には[[横綱審議委員会]]が「引退勧告」を行うことができる。{{main|横綱審議委員会#定例会}}
 
理事会が発動する引退勧告には期限を付けることができ、期日までに引退届が提出されなければ強制力のある解雇処分に切り替えることができる。これに対し横審の引退勧告には強制力がない。
 
=== 過去に処分された力士・親方衆・関係者 ===
これまでの処分には以下のものがある。
<small>
{| class="wikitable"
|-
!&nbsp;!!年月日!!対象者!!処分!!理由
|-
|1||[[1985年]]2月||12代[[花籠]](横綱・[[輪島大士]])||降格(委員→年寄)<br/>無期限謹慎<ref group="詳細">1985年12月退職。</ref>||[[年寄名跡]]を借金の担保にしたため<ref group="詳細">[[輪島大士#大相撲時代]]</ref>。
|-
|2||[[1995年]]6月||14代[[振分]](前頭12・[[朝嵐大三郎]])||降格(委員→年寄)<br>当年度一杯謹慎||自身の[[副業|サイドビジネス]]に絡み日本相撲協会の肖像権規定に違反したため。
|-
|3||[[1997年]]1月||16代[[山響]](小結・[[前乃臻康夫]])||解雇||1996年11月場所から翌年初場所まで予告なしに本場所を欠場([[失踪|失跡]])したため<ref group="詳細">[[前乃臻康夫#来歴]]</ref>。
|-
|4||[[1998年]]8月||14代[[雷 (相撲)|雷]](小結・[[羽黒岩智一]])||降格(委員→年寄)||1998年3月場所の入場券収入の一部を計上しなかったため。
|-
|5||[[2000年]]12月||6代[[高砂 (相撲)|高砂]](小結・[[富士錦猛光]])||降格(役員待遇委員→年寄)||弟子の[[闘牙進]]が現役力士の運転原則禁止に違反したうえに、交通死亡事故を起こした監督責任を問われたため。
|-
|6||[[2006年]]7月||前頭3・[[露鵬幸生]]||3日間出場停止||本場所中、[[カメラマン]]に暴行したため。
|-
|7||[[2007年]]5月||前頭8・[[旭天鵬勝]]||1場所出場停止<br/>期間中謹慎||現役力士の運転原則禁止に違反し、自動車を運転して人身事故を起こしたため。
|-
|8||2007年8月||横綱・[[朝青龍明徳]]||2場所出場停止<br/>期間中謹慎<br>給与手当30%減額4か月||腰の[[骨折]]などと称して療養のため[[モンゴル国|モンゴル]]へ帰国した直後に[[中田英寿]]らとサッカーに興じたことで、[[詐病]]が疑われたため。
|-
|9||2007年10月||15代[[時津風 (相撲)|時津風]](小結・[[双津竜順一]])||解雇||[[時津風部屋力士暴行死事件]]に関与したため。
|-
|10||2008年8月21日||前頭1・[[若ノ鵬寿則]]||解雇||[[大麻取締法]](所持)違反で逮捕されたため<ref group="詳細" name="大麻">[[大相撲力士大麻問題]]</ref>。
|-
|rowspan="2"|11||rowspan="2"|2008年9月8日||前頭3・[[露鵬幸生]]<br>十両6・[[白露山佑太]]||解雇||大麻使用の疑いのため<ref group="詳細" name="大麻"/>。
|-
|16代[[大嶽 (相撲)|大嶽]](関脇・[[貴闘力忠茂]])||降格(委員→年寄)||弟子の露鵬幸生に対する監督責任を問われた<ref group="詳細" name="大麻"/>。
|-
|12||2008年12月18日||[[序ノ口]]7・[[明義豊正和]]<br>番付外・[[怒濤雄一郎]]<br>番付外・[[時王丸正憲]]
|解雇||時津風部屋力士暴行死事件に関与したため。
|-
|13||[[2009年]]2月21日||十両3・[[鈴川真一|若麒麟真一]]||解雇<ref group="詳細">養老金支払いの可能性を摘むため除名も検討されたが結局解雇に落ち着く。</ref>||[[大麻取締法]](所持)違反で逮捕されたため<ref group="詳細">[[鈴川真一#大麻取締法違反]]</ref>。
|-
|14||[[2010年]]2月4日||7代[[高砂 (相撲)|高砂]](大関・[[朝潮太郎 (4代)|朝潮太郎]])||降格(役員待遇委員→主任)||弟子の朝青龍明徳の一般男性への暴行事件の監督責任<ref group="詳細">[[朝青龍明徳#引退]]</ref>。
|-
|rowspan="2"|15||rowspan="2"|2010年5月27日||11代[[木村瀬平]](前1・[[肥後ノ海直哉]])||降格(委員→年寄)<br/>2013年5月まで昇格見送り<ref group="詳細">[[2014年]](平成26年)4月3日付の職務分掌により主任に再昇格。</ref><br/>部屋閉鎖<ref group="詳細">所属力士は[[北の湖部屋]]へ移籍。</ref>||rowspan="11"|[[大相撲野球賭博問題]]によるもの。
|-
|10代[[清見潟]](前1・[[大竜川一男]])||譴責
|-
|rowspan="5"|16||rowspan="5"|2010年7月4日||16代[[大嶽]](関脇・[[貴闘力忠茂]])||解雇<br/>退職金100%減額<ref group="詳細">理事会の付帯決議で退職金支給が取り消された初の事例となった。</ref>
|-
|大関・[[琴光喜啓司]]||解雇
|-
|12代[[阿武松]](関脇・[[益荒雄広生]])||降格(委員→年寄)<br/>2020年7月まで昇格見送り<ref group="詳細" name="見直し">2014年4月3日の理事会で処分が見直されて降格前の地位に復帰した。 [http://www.hochi.co.jp/sports/sumo/20140403-OHT1T50202.html 野球賭博問題で据え置きの阿武松親方ら昇格] - スポーツ報知 2014年4月4日閲覧。</ref>
|-
|16代[[時津風 (相撲)|時津風]](前3・[[時津海正博]])||降格(主任→年寄)<br/>2015年7月まで昇格見送り<ref group="詳細" name="見直し"/>
|-
|正副理事全員||給与手当減額2ヶ月最大30%
|-
|rowspan="4"|17||rowspan="4"|2010年9月8日||三段目23・[[古市貞秀]]<br>床山・床池||解雇
|-
|十両11・[[松谷裕也]]<br>三段目21・[[若力堂聖也]]||2場所出場停止
|-
|13代[[佐渡ヶ嶽]](関脇・[[琴ノ若晴將]])<br>9代[[松ヶ根]](大関・[[若嶋津六夫]])||降格(委員→年寄)
|-
|力士39名<ref group="詳細">うち17名は7月場所を謹慎休場。</ref>||譴責
|-
|18||2010年12月24日||11代[[宮城野 (年寄名跡)|宮城野]](十両2・[[金親和憲]])||[[宮城野部屋]]の師匠交代勧告<br/>降格(主任→年寄)<br/>定年(2034年11月)まで昇格見送り||週刊誌の記事で[[八百長]]を疑わせる発言を行ったため<ref group="詳細">[[金親和行#八百長発言疑惑]]</ref>。
|-
|19||2011年4月1日||力士21名<br>年寄19名||引退・退職勧告20名<br/>出場停止・停職2年3名<br/>降格14名<br/>昇格見送り3名||rowspan="3"|[[大相撲八百長問題]]によるもの。
|-
|20||2011年4月6日||12代[[谷川 (相撲)|谷川]](小結・[[海鵬涼至]])||解雇
|-
|21||2011年4月14日||前頭15・[[蒼国来栄吉]]<br>十両5・[[星風芳宏]]||解雇<ref group="詳細">蒼国来は解雇を不服として[[東京地方裁判所]]に提訴し、2013年3月25日付で解雇無効の判決が出されて、2013年名古屋場所から現業復帰した。</ref>
|-
|22||2011年4月20日||17代[[尾上 (相撲)|尾上]](小結・[[濱ノ嶋啓志]])||2021年4月まで昇格見送り<ref group="詳細" name="見直し"/>||酒気帯び運転で警視庁に摘発されたため<ref group="詳細">[[濱ノ嶋啓志#来歴]]</ref>。
|-
|23||2015年10月1日||16代[[熊ヶ谷]](十両2・[[金親和憲]])||解雇||マネージャーへの傷害容疑で逮捕・起訴されたため。
|-
|24||2015年11月14日||40代[[式守伊之助 (40代)|式守伊之助]]||3日間の出場停止||2015年秋・九州場所で2場所連続合計3回の軍配差し違えに対する処罰<ref group="詳細">[[式守伊之助 (40代)#3場所連続、4度の軍配差し違え(2015年9月場所 - 2016年1月場所)]]</ref>。
|-
|rowspan="2"|25||rowspan="2"|2017年12月20日||横綱・[[白鵬翔]]||給与手当100%減額1か月<br>給与手当50%減額1か月||[[日馬富士公平]]の[[貴ノ岩義司]]への暴力沙汰を止められずその後の言動で角界の信用を失墜させた事に対する処罰<ref group="詳細">[[日馬富士公平#暴行事件]]、[[白鵬翔#2017年 -通算最多勝利更新・優勝40回-]]</ref>。
|-
|横綱・[[鶴竜力三郎]]||給与手当100%減額1か月||日馬富士公平による貴ノ岩義司への暴力沙汰を止めらなかったことに対する連帯責任。
|-
|26||2018年1月4日||一代貴乃花(横綱・[[貴乃花光司]])||降格(理事→役員待遇委員)||日馬富士公平による貴ノ岩義司への暴力沙汰について、協会に対する忠実義務違反<ref group="詳細">理事の解任であったため、評議会の議決を経て処分された。</ref>。
|-
|27||2018年1月13日||40代[[式守伊之助 (40代)|式守伊之助]]||3場所出場停止<ref group="詳細">辞表を提出するも協会預かりとなり、出場停止解除後の5月場所以降に受理された。</ref><br>期間中謹慎および給与手当100%減額||若手行司に対する[[セクシャル・ハラスメント]]行為。
|-
|28||2018年3月9日||幕下6・[[大砂嵐金崇郎]]||引退勧告<ref group="詳細">発表後即日、勧告を受け入れて引退届を提出した。</ref><br>養老金30%減額||現役力士の運転原則禁止に違反したうえ、追突事故を起こし[[道路交通法]]違反(無免許運転)により略式起訴されたため。
|-
|29||2018年3月29日||十両14・[[貴ノ富士三造|貴公俊剛]]||1場所出場停止||[[本場所#春場所|春場所]]中、支度部屋での付け人(貴西龍一成)への暴力行為。
|-
|30||2018年3月29日||一代貴乃花(横綱・貴乃花光司)||降格(委員<ref group="詳細">前日の理事会において、職務分掌変更により役員待遇委員から委員に降格していた。</ref>→年寄)||春場所中における無断欠勤など協会の職務専念義務違反および弟子の貴公俊剛による暴力行為についての監督責任。
|-
|rowspan="2"|31||rowspan="2"|2018年3月29日||三段目25・[[光源治晴]]||1場所出場停止||元弟弟子に対する常習的な暴力行為。
|-
|7代[[峰崎]](前頭2・[[三杉磯拓也]])||給与手当10%減額2か月||弟子の暴力行為についての監督責任。
|-
|32||2018年11月29日||17代[[大嶽 (相撲)|大嶽]](十両4・[[大竜忠博]])||給与手当20%減額6か月||前述の大砂嵐および九州場所直前に起きた弟子の神嶽光<ref group="詳細">神嶽については道路交通法違反(事故不申告)により略式起訴され、罰金2万円の略式命令を受け納付。その後、同月26日付で引退を届け出て受理される。</ref>による自動車事故についての監督責任。
|-
|33||2018年12月19日||20代[[千賀ノ浦]](小結・[[隆三杉太一]])||譴責||貴ノ岩義司<ref group="詳細">処分決定前に責任を取り引退したため、処分なし。</ref>による付け人の貴大将柊斗への暴力行為についての監督責任。
|-
|34||2019年2月8日||15代[[鳴戸]](大関・[[琴欧洲勝紀]])||給与手当10%減額3か月||部屋所属三段目力士<ref group="詳細">コンプライアンス委員会で「引退勧告相当」の意見が答申されたが、臨時理事会前に引退届が提出され、受理される。</ref>による弟弟子への暴力行為についての監督責任。
|-
|rowspan="2"|35||rowspan="2"|2019年4月24日||横綱・白鵬翔||譴責||春場所千秋楽の優勝者インタビューの最後に観客と共に[[三本締め]]を行ったことについて、コンプライアンス規定の違反行為「土俵上の礼儀、作法を欠くなど、相撲道の伝統と秩序を損なう行為」に該当。
|-
|12代宮城野(前頭13・[[竹葉山真邦]])||給与手当10%減額3か月||弟子の白鵬によるコンプライアンス規定の違反行為についての監督責任。
|}
</small>
{{Reflist|group=詳細}}
 
== 協会葬 ==
在職中、または現役中に相撲界の発展に多大に寄与した者に対し、日本相撲協会葬を行う。原則として、在職中に死去した理事経験者か横綱の場合に限る<ref>[http://www.sanspo.com/sports/news/20130120/sum13012005050007-n4.html 昭和の大横綱・大鵬、急死…最期は優しい顔] SANSPO.COM 2013年1月20日</ref>。ただし、協会を退職していた[[出羽ノ花國市]]や三役にも理事長にもなっていない[[柏戸秀剛]]が協会葬になった例がある。
{| class="wikitable"
|-
!&nbsp;!!年月日!!名前!!最高位・現役名!!備考
|-
|1||1922年12月28日||出羽ノ海谷右衛門|||横綱・[[常陸山谷右エ門|常陸山]]||
|-
|2||1938年12月22日||玉錦三右衛門||横綱・[[玉錦三右エ門|玉錦]]||現役没
|-
|3||1940年5月30日||木村庄之助([[松翁 (行司)|松翁]])||[[木村庄之助_(20代)|木村庄之助]]||[[立行司]]、20代。現役没
|-
|4||1942年12月28日||木村良雄||木村良雄||[[十両|十枚目]]格行司。現役没
|-
|5||1942年12月28日||橋詰正次||三段目||戦争により死亡
|-
|6||1949年1月26日||出羽海梶之助||小結・[[両國梶之助_(國岩)|両國]]||
|-
|7||1953年1月28日||立浪弥右衛門||小結・[[緑嶌友之助|緑嶌]]||
|-
|8||1959年10月6日||春日野剛史||横綱・[[栃木山守也|栃木山]]||
|-
|9||1960年12月26日||出羽海秀光||横綱・[[常ノ花寛市|常ノ花]]||第2代藤島理事長
|-
|10||1968年12月25日||時津風定次||横綱・[[双葉山定次|双葉山]]||第3代時津風理事長
|-
|11||1969年10月20日||立浪政司||横綱・[[羽黒山政司|羽黒山]]||
|-
|12||1971年9月2日||秀ノ山勝一||関脇・[[笠置山勝一|笠置山]]||
|-
|13||1971年9月4日||高砂浦五郎||横綱・[[前田山英五郎|前田山]]||
|-
|14||1971年12月23日||玉の海正洋||横綱・[[玉の海正洋|玉の海]]||現役時の病没
|-
|15||1975年3月27日||二所ノ関勝巳||大関・[[佐賀ノ花勝巳|佐賀ノ花]]||
|-
|16||1977年4月22日||伊勢ヶ&#28661;万蔵||横綱・[[照國万藏|照國]]||
|-
|17||1977年12月23日||宮城野潤之輔||横綱・[[吉葉山潤之輔|吉葉山]]||
|-
|18||1982年12月28日||伊勢ノ海裕丈||幕内・[[柏戸秀剛|柏戸]]||
|-
|19||1987年6月2日||市川國一||幕内・[[出羽ノ花國市|出羽ノ花]]||第4代武蔵川理事長
|-
|20||1988年12月13日||高砂浦五郎||横綱・[[朝潮太郎 (3代)|朝潮]]||
|-
|21||1990年1月31日||春日野清隆||横綱・[[栃錦清隆|栃錦]]||第5代春日野理事長
|-
|22||1996年12月18日||鏡山剛||横綱・[[柏戸剛|柏戸]]||
|-
|23||2005年6月13日||二子山満||大関・[[貴ノ花利彰|貴ノ花]]||
|-
|24||2015年12月22日<ref>[http://www.nikkansports.com/battle/sumo/news/1582480.html 北の湖さん協会葬、鈴木大地長官ら2500人が参列] 日刊スポーツ 2015年12月22日閲覧</ref>||北の湖敏満||横綱・[[北の湖敏満|北の湖]]||第9代・12代北の湖理事長
|}
※名前は逝去時。退職者は本名。
 
== 公式キャラクター ==
2009年より[[マスコット]]として「[[ハッキヨイ!せきトリくん]]」が登場した。せきトリを目指す「ひよの山」を主人公に「そっぷ山」「赤鷲」などのキャラクターも登場。デザイナーはにしづかかつゆき。
大相撲にマスコットを設置した理由については、相撲離れの進む若い世代にもっと相撲に興味をもらう事が目的の一つであるという。
公式サイトや関連刊行物にも子供達が読みやすいよう、漢字に[[ルビ|読み仮名]]を振る配慮がされている。
2010年よりぬいぐるみや文房具などグッズも作られる。
 
==脚注==
{{reflist}}
 
== 外部リンク ==
* [http://www.sumo.or.jp/ 日本相撲協会公式サイト]
* [http://www.sumo.or.jp/sekitorikun/index ハッキヨイ!せきトリくん公式サイト]
* {{Twitter|sumokyokai|日本相撲協会公式}}
* {{Instagram|sumokyokai}}
 
{{相撲}}
{{日本プロスポーツ協会}}
{{Normdaten}}
{{デフォルトソート:にほんすもうきようかい}}
[[Category:日本相撲協会|*]]
[[Category:日本の芸術文化団体]]
[[Category:公益財団法人 (内閣総理大臣認定)]]
[[Category:公益財団法人 (スポーツ関係)]]
[[Category:東京都の公益法人]]
[[Category:2014年設立の組織]]