「ニジンスキー (競走馬)」の版間の差分

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レースでは2着メドウヴィルに1馬身の着差をつけて勝利を収め、結果的に[[バーラム]]以来35年ぶり史上15頭目の[[イギリスクラシック三冠]]馬となった。無敗での達成は[[オーモンド]]、[[アイシングラス (競走馬)|アイシングラス]]、バーラム以来史上4頭目の快挙だった。長距離のセントレジャーステークス(約2937メートル)を勝ったことで、ニジンスキーのスタミナを不安視する声もほとんど聞かれなくなった<ref>『凱旋門賞の歴史』第三巻p116-117</ref>。しかし、ニジンスキーはレース後、体重が29[[ポンド (質量)|ポンド]]も減ってしまっていた<ref>『凱旋門賞の歴史』第三巻p125</ref>。
====凱旋門賞====
[[10月4日]]、ニジンスキーはフランスの[[パリロンシャン競馬場|ロンシャン競馬場]]で行われる[[凱旋門賞]]に出走し、単勝オッズ1.4倍の1番人気に支持された。ニジンスキーの状態に対して若干の不安を申し立てる者もいないわけではなかったが、アイルランドでの主戦であるウォード騎手が「もしニジンスキーが負けるようなことがあったら、裸でアイルランドまで歩いて帰ってやるよ」と豪語したように、大多数はニジンスキーが12戦全勝で凱旋門賞を制すると信じて疑わなかった<ref>『凱旋門賞の歴史』第三巻p122</ref>。
{{Quotation|[[オマル・シャリーフ|オマー・シャリフ]]、ケヴィン・マクロリー両氏がニジンスキーにいくら賭けるか話し合っている姿も目撃された。その金額から察するに、ふたりはニジンスキーが負ける確率は、自分たちが[[アポロ計画]]に参加する確率と同じくらいだとみているようだった。|『凱旋門賞の歴史』第三巻p122 より}}