「エルコンドルパサー」の版間の差分

m
編集の要約なし
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
m
サンクルー大賞のあと、エルコンドルパサーは右後脚に異常をきたす。競走中に二つの外傷を負っており、その傷口に[[菌]]が入り炎症を起こす[[フレグモーネ]]の症状であった<ref name="100meiba3" />。一般的にはすぐに腫れが引くほどのもので、マスコミには「軽症」と発表していたが、このときは治りが遅く[[屈腱炎]]に似た症状にまでなっており、完治に1カ月を要した<ref name="100meiba3" />。このため、7月下旬に再開される予定だった本格的な調教は、8月にずれ込んだ<ref name="100meiba3" />。
 
凱旋門賞に向けての前哨戦として、二ノ宮は1996年度の優勝馬・[[エリシオ]]が使った1600メートル戦、[[ムーラン・ド・ロンシャン賞]]を考えていた。しかし渡邊らが「常道とはいえない」と反対し、本番と同じ[[パリロンシャン競馬場|ロンシャン競馬場]]の2400メートルで行われる[[フォワ賞]](G2)が選択された<ref name="100meiba5" />。
 
9月12日の競走当日はサガミックスが馬場の硬さを嫌って出走を取り消し、エルコンドルパサーを含めても3頭立てという少頭数となった<ref name="yu99101">『優駿』1999年10月号、pp.44-45</ref>。他の2頭はイスパーン賞で敗れたクロコルージュ、サンクルー大賞で対戦したボルジアであった。エルコンドルパサーの単勝オッズは一時1.1倍、最終的に1.3倍の1番人気となる<ref name="yu99101" />。スタートが切られるとエルコンドルパサーは先頭でレースを進めると、ロンシャン特有の「フォルス・ストレート」を経て、最終コーナーいったんボルジアに先頭を譲った。しかし最後の直線でスパートをかけるとこれを再びかわし、同馬との競り合いを短首差制して勝利した<ref>『優駿』1999年10月号、pp.4-5</ref>。蛯名は「惰性をつけてきたボルジアに、いったんクビくらい前に出られたけど、そこから差し返した。こういう競馬もできたということは、収穫だったと思う」と感想を述べた<ref name="100meiba4" />。
|5.
|23
|[[パリロンシャン競馬場|ロンシャン]]
|[[イスパーン賞]]
|G1