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[[ファイル:AyaSofyaelev.jpg|thumb|right|200px|[[イスタンブール]]の[[アヤソフィア|ハギア・ソフィア大聖堂]]<br />周囲の4本の[[ミナレット]]は[[オスマン帝国]]時代に[[モスク]]に転用された際に付け加えられたもの。]]
'''[[ビザンティン建築]]'''(ビザンティンけんちく、{{lang-en|Byzantine Architecture}})は、[[東ローマ帝国]](ビザンツ帝国、ビザンティン帝国)の勢力下で興った[[建築]]様式である。[[4世紀]]頃には帝国の特恵宗教である[[キリスト教]]の儀礼空間を形成し、そのいくつかは大幅な補修を受けているものの今日においても[[正教会]]の[[聖堂]]、あるいは[[イスラム教]]の[[モスク]]として利用されている。日本では、'''ビザンツ建築'''と呼ばれる場合もある。
 
 
キリスト教の布教活動とともに、[[ブルガリア]]や[[セルビア]]などの東欧の東ローマ帝国の勢力圏のみならず[[ロシア]]あるいは[[アルメニア]]や[[ジョージア (国)|ジョージア]]など[[西アジア]]にも浸透していった。その影響力は緩やかなもので、地域の工法・技術と融合しながら独自の様式を発展させた。また、初期の[[イスラーム建築]]にも影響を与えている。
[[ファイル:AyaSofyaelev.jpg|thumb|200px|[[イスタンブール]]の[[アヤソフィア|ハギア・ソフィア大聖堂]]<br />周囲の4本の[[ミナレット]]は[[オスマン帝国]]時代に[[モスク]]に転用された際に付け加えられたもの。]]
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