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三度に亘る[[ポエニ戦争]]を制して[[地中海世界]]の大国へ躍進したローマは周辺領域の蛮族に対しても影響力を示し、幾つかの勢力と同盟関係を構築していた。
 
その一つであった[[:en:Taurisci|タウリスキ人]]に[[キンブリ族|キンブリ人]]が攻撃を仕掛けた事でローマの介入が始まったが、ローマ側は[[ノレイアの戦い]]と[[アラウシオの戦い]]で大敗を喫した。原因は貴族[[元老院 (ローマ)|元老院階級]]による平民政治家の蔑視、貴族層主に元老院階級および[[エクィテス|騎士階級]]の[[ラティフンディウム|大規模農業]]による中産階級の没落、それらによって生じた[[武器自弁]]による[[市民軍]]制度の崩壊にあった。属州はおろかイタリア本土すら脅かされかねない状況は[[第二次ポエニ戦争]]以来の危機をローマに与え、同時期に起きていた[[ユグルタ戦争]]と共に貴族中心の政治に不信感が抱かれる契機となった([[閥族派]]、[[民衆派]])。
 
そんな中、民衆の圧倒的支持を受けて執政官に当選した平民出身の軍人[[ガイウス・マリウス]]は大規模な[[マリウスの軍制改革|軍制改革]]を実行に移した。彼はローマ軍の指揮系統・戦闘序列・訓練制度を一新し、また市民軍を装備を配給しての職業軍人制へと転換した。軍を再建したマリウスは[[アクアエ・セクスティアエの戦い]]と[[ウェルケラエの戦い]]で蛮族の大軍勢を壊滅に追い込んだ。キンブリ人、及び彼らと同盟を結んでいた[[テウトネス族|チュートン人]]、[[:en:Ambrones|アンブロネス人]]、[[:en:Tigurini|ティグリニ人]]は歴史上から消滅し、王は殺されるか捉えられ、また生き残った者はローマの奴隷とされた<ref name=strauss>{{cite book |last=Strauss |first=Barry |authorlink= |title=The Spartacus War |url=http://books.google.no/books?id=j3LowhKACVwC&printsec=frontcover&dq=marius+war+spartacus&hl=no&sa=X&ei=mjS4UOvqI46k4ASo3oDoBQ&ved=0CC4Q6AEwAA#v=snippet&q=marius%20german&f=false |accessdate= |year=2009 |publisher=Simon and Schuster |location= |isbn=1-4165-3205-6 |page=21-22 |pages=}}</ref>。