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麻原は公判の初期や、裁判と同時期(1996年5月)に行われたオウムへの[[破壊活動防止法]]適用を議論する弁明に出席した際には、宗教的な難解な話を始めることはあったものの饒舌であり、まともな受け答えを行っていた<ref group="web" name="nanzan">渡邉学 [https://nirc.nanzan-u.ac.jp/nfile/3788 南山宗教文化研究所所蔵オウム真理教関係未公開資料の意義について] 南山宗教文化研究所 2009年</ref>。
だが1996年10月18日の井上に対する弁護側反対尋問の際に、麻原は井上への尋問の中止を頑なに要求。弁護団も延期を要請したが検察と裁判所に拒否された<ref>降幡賢一『オウム法廷2下』 p.204</ref>。以降、突如英語で話し始める、居眠りをする
当初は起訴案件の[[罪状認否]]に関しては留保したが、1997年4月24日の公判で麻原は罪状認否を行い、起訴された17事件のうち16事件で英語を交えながら以下の通りに無罪を主張した([[駐車場経営者VX襲撃事件]]のみ留保)。「麻原は事件について語らなかった」とされることもあるが、実際には(整合性のない言葉と不自然な英語で)事件について語っており、事件をオウムが起こしたことは認めつつ弟子の責任とした<ref group="web" name="enter"/><ref>降幡賢一『オウム法廷4』</ref>。
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