「吹原産業事件」の版間の差分

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[[池田内閣]]の[[官房長官]]を務め、池田の側近中の側近である[[黒金泰美]]は、この総裁選挙で[[池田派]]の資金作りを主担し、それを貸しビル会社・吹原産業社長{{Refnest|group="注"|東京・[[銀座]]に本社を置き、百人ほどの従業員をかかえ、吹原ビルの貸室、[[五反田]]のボーリング場、[[北海道]][[釧路市]]の温泉郷建設などを手掛ける。このうち釧路の温泉事業は資金繰りがつかず中止していた。吹原の逮捕後、[[不渡手形]]を出し1965年6月、事実上倒産<ref>「ペテン師はかない末路 倒産した吹原産業」『朝日新聞』1965年6月11日</ref>。}}
の吹原弘宣と、金融業者の森脇文庫を経営する[[森脇将光]]が手伝った。吹原は政財界の裏側をわたり歩いた[[フィクサー]]で、闇金融王の森脇とのつながりを売りに政界で人脈を広げ、設立した吹原産業で黒金は大株主として名を連ねた<ref>『田中角栄・真紀子の税金逃走』p.76 - 77</ref>。
 
黒金は資金集めに奔走するが、これまでの[[銀行]]や[[証券会社]]、鉄鋼メーカーから期待したほどのカネを集めることができなかった。その一方で、[[佐藤派]]には資金集めの天才である[[田中角栄]]がおり、中間派や無派閥にカネをばらまき、一本釣りを続けていた<ref name="tanaka79"/>。焦る黒金を尻目に、[[1964年]]10月16日、吹原は三菱銀行長原支店を訪れ支店長に「自民党が本部に持っている資金30億円を長原支店に預金したい。見返りに、三菱銀行の[[宇佐美洵]]頭取と黒金官房長官の間で60億円の融資が決まった。公にできないことなので、宇佐美頭取の腹心がいる、この支店が使われることになった」と言い、黒金の[[実印]]が押してある[[念書]]と[[印鑑登録|印鑑証明書]]を見せ、額面10億円と20億円の[[通知預金]]証書をだまし取った<ref>『田中角栄・真紀子の税金逃走』p.112 - 113</ref>。