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*日テレ時代の後輩である[[福留功男]]とは、40年来の親友関係にあるが、『[[アメリカ横断ウルトラクイズ]]』での役回りから一時期テレビで「犬猿の仲」を演じていたことがあった<ref>現在でも時折テレビ番組の企画などで(時にはさらに後輩でともに『ウルトラクイズ』に関わった[[小倉淳]]も巻き込む形で)福留への口撃を展開することがある。ただしあくまでも本人たちは洒落として行っていることが視聴者にはきちんと伝わっておらず、結果として徳光、福留両名に対する根拠のない誹謗中傷につながっている一面があることは否定できない事実である。</ref>。仕事以外では、福留が『ズームイン!!朝!』の司会に就任する際のインタビューで、「徳光さんは各局のリポートをきちんと受け止める名キャッチャーだった」と高評価し、[[1991年]]に、福留がフリーになった理由のひとつが「先輩であり親友でもある徳光さんが退社してフリーになったこと」であった程、仲が良い。自身も「トメはアナデューサーだ」と福留の放送人としての才能を評価している<ref>実際、1991年の『24時間テレビ14』、1993年の『ズームイン!!夜!』、[[1998年]]の『今世紀最後!!史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ』、[[1999年]]の『11PM』特番で共演している。</ref>。[[2007年]][[10月15日]]から放送されていた『オジサンズ11』で、フリー転向後初めて福留とのレギュラー共演を果たしており、この番組では「犬猿の仲」は演じていない。なお、2人の後輩である羽鳥は徳光を「キャッチャータイプ」、福留を「ピッチャータイプ」と評し、羽鳥自身は「キャッチャータイプ」だという。
* 『ズームイン!!朝!』から『NNNニュースプラス1』に担当番組が代わった頃から「俺は[[バラエティ番組]]・[[情報番組]]に慣れていたからニュースキャスターは合わない」と思うようになった<ref>[http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20140424-1290185.html],日刊スポーツ,2014年4月24日</ref><ref name=haranbakusho/>。加えてアナウンス部副部長昇進のオファーがあったが、徳光は数字の管理が苦手で「役職が付けば、今まで全くやったことが無い事務的な仕事もしなければいけなくなるだろうし、自分の管理も満足にできない人が、上に立って他人の管理をすることは出来ない。俺は事務職ではなく、現場で生きていきたい」と思ったことなどが日テレ退社・フリーへのきっかけとなった<ref>『せんえつですが…徳光和夫の日常』154-155ページ</ref>。なお、自身に『ニュースプラス1』キャスターとしての白羽の矢が立ったのは「『[[ニュースステーション]]』のおかげで、ニュースそのものが難解な言葉を多用するものから、分かりやすいものに変わっていったことに影響されたのではないだろうか」と話し、「『プラス1』の3年間は世界的にも激動の3年間で、人にものを伝える難しさというものを学んだ」とも話している<ref name=shukangendai/>。
* 新人時代、[[都市対抗野球大会|都市対抗野球]]で「鞠が転々と転がりました」と実況したことが上層部の逆鱗に触れ、プロレス中継の担当に回されたことや<ref name=haranbakusho>{{Cite web|url=http://datazoo.jp/tv/%E8%AA%B0%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%A6%E6%B3%A2%E7%80%BE%E7%88%86%E7%AC%91/676422/2|title=2013年10月20日放送『誰だって波瀾爆笑』(2/3)|publisher=TVでた蔵|date=2013-10-20|accessdate=2014-09-13}}</ref>、大の巨人ファンであったことから贔屓してしまう可能性があると判断されたためプロレス中継の担当に回された。局アナの最後の日である1989年9月30日には東京ドームで開催されたプロ野球「巨人対中日」の中継で実況をしたことで入社以来の念願が叶った<ref>{{Cite web|url=https://tvtopic.goo.ne.jp/program/ntv/45811/1275255/|title=2019年6月28日放送『超問クイズ!真実か?ウソか?』|publisher=gooテレビ番組|accessdate=2019-07-05|date=2019-06-28}}</ref>。
 
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