「中里恒子」の版間の差分

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出産の後結核で療養、離婚を経て、娘が米国人と結婚することになり、かつて国際結婚を冷静な目で見ていた中里自身が大きな動揺に襲われるという経験をした。
 
1974年、老境を描いた『歌枕』で[[読売文学賞]]、75年『わが庵』で[[日本芸術院]][[恩賜賞 (日本芸術院)|恩賜賞]]<ref>『朝日新聞』1975年4月8日([[朝日新聞東京本社|東京本社]]発行)朝刊、18頁。</ref>、79年『誰袖草』で[[女流文学賞]]受賞。『[[時雨の記]]』は中年の恋を描いたものとして話題になり、歿後映画化されて再度読まれた。
 
== 著書 ==
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