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=== マルクス主義との対立 ===
[[カール・マルクス|マルクス]]は[[プロレタリア独裁]]の立場から、プルードンを根強く酷く批判し、またバクーニンとは[[第一インターナショナル]]において激しく論争した。そのためバクーニン以後のアナキストは自らを「反[[権威主義]]者」と位置づけ、マルクスを「権威主義者」として批判し、マルクス主義者は[[第二インターナショナル]]においてアナキズムを敵視した。このため伝統的なアナキズム思想史やマルクス主義思想史ではマルクスはアナキズムと敵対的と見なされ、[[資本論]]などでも「無政府性」は批判的に使われている。しかしマルクスもまた国家についての究極的立場は「[[国家死滅|国家の死滅]]」であり、その意味ではマルクスの思想もまたアナキズムだともいえる。さらにマルクス以前の、やはり権威主義的傾向とされる[[ルイ・オーギュスト・ブランキ|ブランキ]]もまた到達すべき社会は「規則ある無政府」であるという。これは無秩序としての無政府ではなく、固有の秩序を持つ無政府のことであり、それを求めるブランキもまたアナキストの側面がある<ref>千坂恭二「バクーニンとクロポトキン。アナキズムとマルクス主義の対立史観の由来について」『情況』2009年5月号</ref>。
 
また多くのアナキストは、プロレタリア独裁を根拠に[[共産党]]の[[一党独裁制]]を行い[[国家主義]]の強い[[マルクス・レーニン主義]]を「[[国家社会主義]]」({{en|state socialism}})とも呼んだ。これに対してマルクス・レーニン主義者、特に[[コミンテルン]]などの[[スターリニズム|スターリン主義者]]は、アナキストを統一的な理論や戦略を持たない無責任な[[極左冒険主義]]、あるいはコミンテルンを批判し利敵行為を行っているとして裏切り者と呼ぶこともあった{{要出典|date=2016年3月12日 (土) 00:31 (UTC)}}。
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