「エア・コンディショナー」の版間の差分

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[[初期のヒト属による火の利用|人類は原始時代から火を用いて暖をとった]]。一方、[[冷房]]を送風や保管しておいた雪氷以外の科学技術で実現したのは近代以降である。
 
[[1758年]]、[[ベンジャミン・フランクリン]]と[[イギリス|英国]][[ケンブリッジ大学]]で[[化学]]の教授を務めていた[[ジョン・ハドリー]]は、[[蒸発]]の原理([[蒸発熱]])を使って物体を急速に[[冷却]]する実験を行った。フランクリンとハドリーは[[アルコール]]などの[[揮発性]]の高い液体の蒸発を試し、[[エーテル (化学)|エーテル]]を使うと物体を[[氷点下]]にまで冷却できることを発見した。実験では[[水銀]][[温度計]]の球部を冷却対象とし、蒸発を早めるために[[ふいご]]を使った。周囲の気温が{{Lang|en|{{convert|65|°F|°C|abbr=on}}}}の状態で、温度計の球部を 7{{°F}}(−14℃)にまで冷却することができた。フランクリンは、温度が氷点下になると間もなく温度計の球部表面に薄く[[氷]]が張ったことに気づいた。そして 7{{°F}}(−14℃)にまで達したとき、氷の厚さは6ミリメートル(4分の1[[インチ]])ほどになっていた。フランクリンは「この実験で、暖かい夏の日に人間を凍死させられる可能性があることがわかった」と結論付けた<ref>[http://www.historycarper.com/resources/twobf3/letter1.htm Cooling by Evaporation (Letter to John Lining)]. Benjamin Franklin, London, June 17, 1758</ref>。
 
[[1820年]]、英国の科学者で[[発明]]家の[[マイケル・ファラデー]]は、圧縮により[[液化]]した[[アンモニア]]を蒸発できるようにすると、周囲の空気を冷却できることを発見した。
[[1820年]]、英国の科学者で[[発明]]家の[[マイケル・ファラデー]]は、圧縮により[[液化]]した[[アンモニア]]を蒸発できるようにすると、周囲の空気を冷却できることを発見した。[[1842年]]、[[アメリカ合衆国|米国]][[フロリダ]]州の医師[[ジョン・ゴリー]]は圧縮技術を使って氷を作り、[[アパラチコーラ]]([[:en:Apalachicola, Florida]])の彼の病院でそれを使い、患者のために病室を冷やした<ref>[http://www.facstaff.bucknell.edu/mvigeant/therm_1/AC_final/bg.htm History of Air Conditioning] Source: Jones Jr., Malcolm. "Air Conditioning". ''Newsweek''. Winter 1997 v130 n24-A p42(2). Retrieved 1 January 2007.</ref>。彼はさらにその製氷機を使って建物全体の温度を調節しようと考えた。そして、都市全体の[[空気調和|空調]]を集中制御するという構想まで描いた。彼の試作品は常にうまく機能するわけではなかったが、ゴリーは製氷機の[[特許]]を1851年に取得した。しかし、彼の[[パトロン|財政上の後援者]]が死に、その希望は潰えた。彼はその機械を本格的に開発する資金を集められなかった。ゴリーの[[伝記]]を書いたVivian M. Sherlockによれば、ゴリーは製氷で財を成した[[フレデリック・チューダー]]([[:en:Frederic Tudor|en]])が彼の[[発明]]を誹謗するキャンペーンを行ったと疑い、チューダーを非難した。ゴリーは貧困の中で[[1855年]]に亡くなり、その空調のアイディアは約50年間顧みられなかった。
 
[[空気調和]]の初期の商業利用は、個人の快適さのためではなく、[[工業]]生産過程で必要とされる冷気を生み出すのに使われた。最初の電気式エア・コンディショナーは[[1902年]]、米国[[ニューヨーク州]][[シラキュース (ニューヨーク州)|シラキュース]]の[[ウィリス・キャリア]]が発明した。[[印刷]]工場の製造工程を改善するために設計されており、[[温度]]だけでなく[[湿度]]も制御できるようになっていた。温度と湿度を低く保つことで、紙の状態が一定となり、[[インク]]の付き方が一定になる。その後もキャリアの技術は様々な仕事場の生産性向上に使われ、増大する需要に応えるために The Carrier Air Conditioning Company of America([[キヤリア (空調設備メーカー)|キヤリア]]社)を創設した。その後、エア・コンディショナーは住宅や[[自動車]]の快適さを向上させる手段として使われるようになっていった。アメリカでは[[1950年代]]に家庭用エア・コンディショナーが爆発的に売れるようになった。
 
[[1906年]]、米国[[ノースカロライナ州]][[シャーロット (ノースカロライナ州)|シャーロット]]の[[スチュアート・W・クラマー]]([[:en:Stuart W. Cramer]])は、自身の経営する[[織物]]工場内に湿気を追加する方法を探していた。クラマーは同年出願した特許で初めて「エア・コンディショニング([[空気調和]])」という言葉を使った。これは、織物製造工程として当時よく行われていた "water conditioning" を真似て名付けたものだった。彼は加湿と換気を組み合わせて工場内の湿度を制御し、織物工場に最適な湿度を実現した。ウィリス・キャリアはこの用語を採用し、社名にも組み込んだ。水分を空気中に蒸発させるこの方式には冷却効果があり、現在では[[ミスト散布]]として知られている。
 
初期のエア・コンディショナーや[[冷蔵庫]]は、[[アンモニア]]、[[クロロメタン]]、[[プロパン]]といった有毒または可燃性のガスを使用しており、それらが漏れ出すと死亡事故に繋がる危険性があった。[[トマス・ミジリー]]は世界初の[[フロン類]]であるフレオンを[[1928年]]に開発した。この[[冷媒]]は人間には安全だったが、後になって、[[太陽光]]に含まれる[[紫外線]]を吸収して地表の生物を守っている[[大気]]の[[オゾン層]]にとって有害だということがわかった。「フレオン」は[[デュポン]]社の[[商標]]であり、実際はクロロフルオロカーボン(CFC)、ハイドロクロロフルオロカーボン(HCFC)、[[フルオロカーボン|ハイドロフルオロカーボン]](HFC)といった物質で、商品名(R-11, R-12, R-22, R-134A)には分子構成を示す数が付けられている。住宅などの空調によく使われたものはR-22という商品名のHCFCである。これは[[2010年]]までに新製品には使われなくなり、[[2020年]]には完全に使用されなくなる予定である。アメリカでは自動車のエア・コンディショナーのほとんどがR-12を使っていたが、[[1994年]]にR-134Aに切り替えられた。R-11とR-12はアメリカ合衆国内では既に生産されておらず、廃棄されたエア・コンディショナーから回収したガスをきれいにしたものが売られているだけとなっている。オゾン層に影響しないいくつかの冷媒が[[代替フロン]]として開発されており、例えばR-410Aはブランド名 ''Puron''で販売されている。オゾン層に悪影響を与える主な冷媒はR-22、R-11、R-123である。ただし、R-410A冷媒などの代替フロンは強力な[[温室効果ガス]]でもあったフロン類ほどではないもののやはり地球温暖化係数が高いため、これに代わる次世代冷媒の開発が行われている。
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