「ピアノ三重奏曲」の版間の差分

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[[ロマン派音楽|ロマン派]]の時代にはヴァイオリンがロマンティックなメロディーを奏するのに適しているという理由で、多くの聴きやすいサロン風トリオが多作された。第二次大戦後にはロマンティックな属性の回避のためにこの編成が極度に嫌われたが、1970年代の[[新ロマン主義]]の台頭と共にこの編成が見直されてきた。現在ではトリオ・フィボナッチ(Trio Fibonacci)などの団体によってこのジャンルの復興が進められている。
 
ロシアにおいてこのジャンルは故人への追悼曲として書かれることが多かった。[[ミハイル・グリンカ|グリンカ]]による「悲愴三重奏曲」と名付けられたピアノ三重奏曲を皮切りに、[[ピョートル・チャイコフスキー|チャイコフスキー]]が「[[ピアノ三重奏曲 (チャイコフスキー)|ある偉大な芸術家の思い出に]]」を作曲。以降は[[アントン・アレンスキー|アレンスキー]]、[[セルゲイ・ラフマニノフ|ラフマニノフ]]、[[ドミトリー・ショスタコーヴィチ|ショスタコーヴィチ]]などに受け継がれていった。
 
== 主な作曲家と作品 ==