「旧制女子専門学校」の版間の差分

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旧制の学制下の女子学生に対する高等教育機関としては、[[大学令]]による大学として女子学生を受け入れる女子大学が設置されなかったため、女子高等師範学校および[[専門学校令]]による私立女子大学とならび、最も上位の高等教育機関として位置付けられる。なお、旧制大学でも官立では[[東北大学|東北]]・[[九州大学|九州]]・[[北海道大学|北海道]]・[[大阪大学|大阪]]・[[名古屋大学|名古屋]]の各[[帝国大学]]や[[東京文理科大学 (旧制)|東京]]・[[広島文理科大学 (旧制)|広島]]の両[[旧二文理大|文理科大学]]が戦前期から女子の入学を認めていたほか、私立では(専門学校令準拠の)[[東洋大学]]や[[日本大学]][[大学専門部 (旧制)|専門部]]に続き、[[同志社大学]]、[[明治大学]]、[[法政大学]]、[[早稲田大学]]などが女子学生を受け入れ、女子専門学校から進学する者もいた。
 
第二次世界大戦後の学制改革に際しては、単独で[[女子大学]]・[[短期大学|女子短期大学]]に昇格するか、他の学校と統合して共学制の総合大学になる道を選んだものがほとんどである。後者の場合、女医専を除く女専は新たに発足した新制大学の[[家政学部]]・[[生活科学部]]の構成母体となっている場合ケースが多い。また、現存する公立大学のなかでも都道府県立の大学は、戦前以来の公立旧制女専の伝統を引き継ぐ大学が多い。
 
なお女医専については、戦後の教育改革の一環として医学教育を大学のみに一本化する改革がなされ、[[旧制医学専門学校|医学専門学校]]が新制への中継ぎとして、大学令によって旧制医科大学に昇格することになったが、その中に含まれていた東京女子医学専門学校(現・東京女子医科大学)・大阪女子高等医学専門学校(大阪女子医科大学を経て現・関西医科大学)・名古屋女子医学専門学校(名古屋女子医科大学を経て現・名古屋市立大学)の3校は、大学令下で初めて認可された女子大学という性格をも帯びている。もっとも、「大学」の名称は先に東京女子大学や日本女子大学校が使用していたが、この2校は学制上は専門学校であったことを念のため記しておく。