「国道255号」の版間の差分

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== 歴史 ==
[[1962年]](昭和37年)に建設大臣に就任した[[河野一郎]]は、「横紙破り」とよばれる政治行動でも知られた政界の実力者で、大臣として辣腕をふるい、[[首都高速道路]]、[[東名高速道路]]、[[名神高速道路]]などの整備を強力に推進していった{{sfn|佐藤健太郎|2015|p=104&ndash;105}}。河野は、このとき始まった東名高速道路の建設ルートが出身地で地元選挙区がある小田原市を通過しないことに不満をもち、東名高速道路で出るために、[[大井松田インターチェンジ]]と小田原市を直結する県道を国道に指定させたといわれている{{sfn|佐藤健太郎|2015|p=105}}{{efn|さらに、河野は小田原の自宅から建設省や国会議事堂がある東京へ出るために、大井松田ICを経由すると遠回りになるので、建設省内に対し東名高速の厚木ICから小田原へ短絡する道路の建設を命じたといわれている(→[[小田原厚木道路]]){{sfn|武部健一|2015|pp=187&ndash;188}}。}}。国道として指定されたのは、1962年(昭和37年)の二級国道の第三次路線指定で「二級国道255号秦野小田原線」となったときで、翌1963年(昭和38年)4月1日から施行された<ref name="S37政令184">昭和37年5月1日政令第184号 「一級国道の路線を指定する政令等の一部を改正する政令(二級国道の路線を指定する政令の一部改正)」(昭和38年4月1日施行)</ref>。昭和37年5月1日の二級国道の路線を指定する政令の一部改正では、国道255号と一部区間(秦野市 - 松田町)が重用する路線となった[[国道246号|二級国道246号東京沼津線]]の重要な経過地の欄に「神奈川県足柄上郡松田町」が加えられ、これと同時に二級国道255号を含む二級国道19路線が追加指定されている<ref name="S37政令184"/>。
 
1965年(昭和40年)に[[道路法]]が改正されると、従来の一級・二級の国道区分が廃止されて一般国道に統合されたことに伴い、「二級国道255号秦野小田原線」から「一般国道255号」となった<ref name="S40政令58">昭和40年3月29日政令第58号 「一般国道の路線を指定する政令」(昭和40年4月1日施行)</ref>。
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