「哲学の慰め」の版間の差分

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『哲学の慰め』は[[東ゴート王国]][[テオドリック王]]治下で[[反逆罪]]に問われ収監されていたボエティウスが判決を―そして最終的には恐ろしい処刑を―待っている間に書いた。ボエティウスは非常に高い地位に就いていたが、反逆罪により罷免された。このことがきっかけとなって本書は生まれている。神によって統治された世界にどうして悪が存在できるのか([[神義論]]の問題)、あるいは神や幸福の本性を考慮するとどうして気まぐれな運命の中で幸福が得られるのか、といった問題が本書で扱われているのはそうした事情を反映している。
 
神に関する言及はしばしばなされているものの、本書は厳密には[[キリスト教]]的ではない。関連性があるとしばしば推測されているが、実際にはイエス・キリストやキリスト教に対する言及はない。ただ、神は永遠にして全知全能であるだけでなく全ての善性の起源として荒らされている。
 
ボエティウスは本書を自分と[[擬人化]]([[女体化]])された哲学との会話として書いている。彼女は[[運命]]や富の移ろいやすい本性について論じ(「幸福から見捨てられない限り本当に安全であるとは言えない」)、彼女が「唯一本当に善いもの」と呼ぶ精神的なものの究極的な優越性を説くことでボエティウスを慰める。幸福の移ろいゆくことによって危なくなることがないため、人の美徳とはその人の持っている物すべてにほかならず、また、幸福は自己の内面から起こってくるものだと力説する。
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