「飛鳥会事件」の版間の差分

 
=== 建設業界や国税局・自民党・警察との関係 ===
昭和40年代、権利関係の複雑な[[大阪駅]]前の開発に際して大阪市に力を貸したことから同市の行政に多大な発言力を持つに至った<ref>『同和と銀行』p.79</ref>小西邦彦は、同和関係の建設事業の請負を左右する[[大阪府同和建設協会]](同建協)でも顔役として通っていた<ref>『同和と銀行』p.116-119</ref>。[[許永中]]が[[在日韓国人]]でありながら同建協に加盟し、同和対策事業に食い込んでいたのも小西邦彦との人間関係があったためであると伝えられる<ref>『同和と銀行』p.159</ref>。小西邦彦は[[七項目の確認事項]]を楯に自らの銀行口座の預金利息を完全非課税にさせるなど、[[国税局]]にも影響力を行使していた<ref>『同和と銀行』p.112-116</ref>。[[村田吉隆]]や[[渡辺美智雄]]や[[東力]]といった[[自民党]]議員とも親しく飲み歩き、選挙を全面支援し、特に村田は大阪国税局調査部長時代、飛鳥会に関する[[脱税]][[告発]]を握り潰すほど小西邦彦と昵懇だったといわれる<ref>『同和と銀行』p.123-124</ref>。その他、小西邦彦は[[天下り]]の斡旋や[[贈賄]]などを通じて[[警察]]にも威勢を及ぼしていたとの証言がある<ref>『同和と銀行』p.126-131</ref>。また、元大阪市長[[関淳一]]も知人の就職の斡旋を小西に依頼したことがあり、この点については関も認めている<ref name="post"></ref>。その見返りとして小西は大阪市に部落解放同盟飛鳥支部の人間を採用してもらうよう「ぎょうさん推薦した」と証言している<ref name="post"></ref>。[[ファイル:Michio Watanabe 1993.jpg|thumb|right|小西と親しかった渡辺美智雄]]
 
後年、社会福祉法人ともしび福祉会の設立にあたって自らの犯罪歴を理由に大阪府から認可を拒まれた小西は、部落解放同盟と友好関係にあった社会党の国会議員の紹介で厚生省に赴いたが門前払いを受けたため、金田組の上部組織の[[柳川組]]にいた右翼を通じて自民党の[[中川一郎]]を紹介してもらい、当時の[[厚生大臣]]の[[園田直]]に会って法人設立の認可をとりつけたこともある<ref>角岡伸彦『ピストルと荊冠』p.140</ref>。
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